「お姉ちゃんも、奏ちゃんにお礼が言いたいって」
カメの姉、乙姫さんは中華ファンタジーに出てくるような絢爛な着物を纏い、無駄のないシャープな顔立ちをおしろいで染めた上に、鮮やかな深紅の口紅を差している。まつげは長く張り、アイシャドウは口紅より淡く煌めきを放ち、海よりも深い碧色をしたつぶらな左右の瞳が小さく、しかし造形美として完璧にあるべき場所に収まって私を見つめている。
「あなたが、カメに優しくしてくれた浦島奏さんね?」
私はこの時ばかりは、言葉を上手く発せないことが少しも苦ではなかった。だって私の語彙に、この美を表現できる言葉も、彼女の誘惑にあらがう言葉も、その端すら浮かばなかったのだから。
「おいで。今日はお疲れでしょう。私の膝でお眠りなさい」
それから私は乙姫に甘えて、二人だけの時間に耽溺した。時折体中が熱くなって乙姫の体をどうにかしてやりたい。いっそ乙姫に私の体をどうにかしてほしいと思うのだが、私の欲望とその行為の間には深く長い溝が横たわっていて、私はただ彼女の体にもたれ、飽くことなくお喋りをした。
そして、三日目に飽きた。
「もう帰ろう。カメ」
カメと乙姫は意外そうに顔を見あわせると、少しはにかんで私の帰宅を許してくれた。乙姫からは手土産にと黒い筒を渡され、来た時と同じようにカメの手を伝って呼吸をしながら水面へと泳いで上昇していく。
地上の世界に戻ると、そこには来た時と変わらぬ京都の町並みが。
言われないと、気づかれないくらい何も変わっていない。
ここが三百年後の京都だなんて。