小説

『竜宮城より遙かに』美野哲郎(『浦島太郎』)

 結論から言うと、「世界」に見切りをつけるのは早かったのかも知れない。地上に世界があったように、水底にも世界はあったのだ。
 カメに手を引かれてやけに深い川の底を泳いでいくと、やがてそこに絢爛豪華な宝船を見つけた。映画で見たタイタニック号くらいはある。だけど木造で、七福神が乗り込んだような時代がかかった豪奢な装飾を施されている。窓を開け、一歩船の中に乗り込むとそこから先の空間に海水が入ってくることはなく、息が出来た。だがここまで泳いでくる最中も、カメの手を伝って私の体は呼吸をしていた気がする。
「家に友達連れてきたの初めてだよ。どうぞどうぞ、遠慮しないで」
 カメのお招きを受けた私は、そうして今まで生きてきた11年間で味わったことがない程の、完璧な歓待を受けた。タイやヒラメやマグロといった名前を名乗る若者たちが無限に美味しいお寿司、ピザ、パスタにジュース、クレープを出してくれる。タコやイカは無数の足でドラムやMPCを巧みに捌き、ジャズからフューチャーベースまで私好みの音楽を美しく鳴り響かせる。
 宿『竜宮城』の看板を下げたこの遊覧船は、宿なのか城なのか船なのかはハッキリしないが、秘境中の秘境である為か私以外に客はおらず、どこまでもくまなく探索できる奥行きを持っていた。カメに先導されてわざと迷子になってみる。何度か奈落の底へと足を踏み外しそうになったり、時折人語とは思えない言葉を発する何かの影を認めてすぐに逃げ出したりして、「死ぬところだったね」とカメは笑った。千尋の迷い込んだ湯屋のようなこの冒険が、どんな贅沢より私に多幸感をもたらしてくれる。私が冒険できる場所が、まだこの世界に残されているという安らぎ。その行き着く果て。最奥の大広間に、その人がいた。

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