小説

『竜宮城より遙かに』美野哲郎(『浦島太郎』)

 どいつもこいつも阿呆ばかり。私は砂利石をつまみあげて奴らのもとへと駈け寄り、ランドセルを持っている男子の顔面にぶちまけた。砂塵で両目を痛めた男子が悲鳴を上げてる隙に、大きめの石を掴んだ手でもう一人の男子の頬をブン殴ってやる。当然、衝突箇所は石の平面だ。大げさに鼻血が噴き出す。
 彼らが戸惑っている間に、私はランドセルを奪い、カメの手を引いてその場を走り去った。もし奴らが執念深く復讐を望む類いの連中だったとしても、そのターゲットが「男子」である限り永遠に奴らに私は見つけられない。

「ありがとう。もう十分楽しんだよ」
 橋の上まで逃げて来て、ヘバったカメが私に笑った。
「楽しんだって。カメの人生に楽しいことなんて何もなかっただろ」
 そう言い返す私の声はムキになっている。
「今があった。確かにこの世界はちょっと僕には合わなかったけどね。ここに来た意味は、今、奏ちゃんと楽しく過ごせたことで価値があったかな」
 そうしてカメは橋の欄干に足をかけ、大きく前のめりに身を乗り出した。
「は? やめろよ、お前。バカ」
 私は咄嗟に走り出し、宙をかいたカメの手を握りしめる。
 そりゃこの世界に私たちの居場所はないけどさ。でも何も、命を粗末にする事はないんじゃない?
 だが重たいカメの体は見る間に宙空へと重心を落とし、後は自然の法則の成すがままに川面へと落下していった。手を繋いだ私を連れて。

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