小説

『出自』滝怜奈(『かぐや姫、桃太郎、親指太郎』)

 夫が帰ってきたらなんて伝えるべきか。私は困ったが、そのまま事実を伝えるしかない。
「ただいま」
「おかえり。今日、病院に行ってきたんだけど…。」
「どうだった?」
期待のまなざしが向けられる。
「エコーで赤ちゃんが確認できなかったの。妊娠してないみたい」
私はとうとう泣き出してしまった。夫は私の背中をさすりながら言った。
「そっか。それはつらかったね。大丈夫だよ。大丈夫だからね。」

 それから数週間がたった。つわりのような症状は続くものの、私のお腹は一向に膨らむことはなかった。しかし、なんだか親指に違和感があった。
「ねえ、私の親指、少し腫れてない?左と比べると、ほら、一回り以上大きいの」
「確かに腫れているね。ドアにはさんだりした?」
「いいえ、そんなことしてないし、全く心当たりがないの…。ずっと気分が悪くてあんまり動けてないし、ぶつけたりはさんだりするようなことは何も…」
夫はしばらく考え込んだ後、ぽつりと言った。
「まさかとは思うけど、親指から生まれる昔ばなしってあった?」
「まさかすぎるでしょ、私は聞いたことがないけど…」
 ネットで調べてみると、なんと親指から生まれてくる昔ばなしを発見した。親指太郎というらしい。私たちは顔を見合わせた。
「まさか、ねえ…?」

 翌日、私たちは産婦人科に行き、検査を受けた。医者は親指を検査してくれと頼み込む私たち夫婦に心底驚いていたが、しぶしぶ、という様子で検査してくれた。
 親指には赤ちゃんがいた。私たち夫婦は喜んだ。医者は驚いて口を開けたまま私たちのことを見ていた。桃から生まれた男と竹から生まれた女の子供は親指から生まれてくるらしい。私は、出産に関してお腹から生まれないことに一抹の不安を感じながらも、決して子供が生まれてくる瞬間の動画を世間に公開することだけはしないと、固く決意した。

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