家に帰ってそれを見せると、女はそれはそれは喜んだ。目に涙まで浮かべるので、源はさすがに照れくさい。「こんな高価なもの、あなたってばわたしなんかに」などと言うので、「おまえのために買ってきたんだ。そんなことを言うな」とぶっきらぼうになった。
女は白く細い指で涙を拭うと微笑んで、水浴みをしてきます、と言った。清めた体で袖を通したいんですもの、ときかないから、源は好きにさせた。
水浴みは常よりも長かった。源は、はやる気持ちもあって、落ち着かない。
ふたりは睦みあってる。しかしひとつだけ、女は源に禁止をしていたことがあった。それは、水浴みの間は絶対に姿を見てはいけない、ということだ。源はそれを快諾していた。恥ずかしいのだろうと思って、今までそれを破ったことは一度もなかった。 しかし――源は、ふ、と思ってしまったのだ――自分たちは夫婦である。それに女は上機嫌だ。だから、少し覗くくらい許されるだろう。驚かせてもやろう。こら、いつまで水を浴びているんだ。待ちくたびれたぞ、と――。
開けた戸の向こうに女はいなかった。桶がひとつあって、中には鮒が一匹いた。鮒はじっとしていた。濡れた片方の目で、源をじいと見上げていた。その背には、裂けた肉が戻ったような痕があった。
源が居間へ戻ると、女がいた。いつの間にか、源の買ってきた着物を着ている。女はさめざめと泣いた。そして俄に立ち上がると、そのまま外へとかけだしてしまった。
「待ってくれ!」
源は走った。女を追った。走る。走る。だのにどうしてか追いつけない。追いかける。追いかける。草履を忘れた足で土と草を蹴る。息が苦しい。走る。走る。
琵琶湖のほとりに出た。女はそのままざぶざぶと波を踏んでいく。ふくらはぎまで浸かり、腰が沈んだ。
源は追う。女の手を、掴んだ。女は頭を振った。走る間にはだけた着物の、うなじの下の辺りに、歪に膨れた肉の痕があった。思わず握る手を強めた。