受賞作:
『会いたい人』春野萌(童謡『赤とんぼ』)
受賞理由:
第8回ブックショートアワードは、令和3年度日本博主催・共催型プロジェクト「日本各地のストーリー公募プロジェクト」として開催しました。これまでのブックショートアワードのテーマは踏襲しつつ、とくに「日本各地に伝わる物語」の二次創作を募集した企画です。特徴的だったのは、これまでもモチーフにされることの多かった「桃太郎」「かぐや姫」「鶴の恩返し」といったメジャーな昔話に加えて、特定の地域だけに伝わってきた物語を題材にした応募作も多数あったことでした。また、そのジャンルも、昔話、小説、民話、神話、民謡……と多岐にわたり、題材選びの段階から趣向が凝らされている作品が多かったです。その結果、2021年8月〜12月の応募期間5ヶ月の間で集まった1,067作品は、非常に多様性に富んだラインナップとなりました。
そのなかで今回、大賞作品に輝いたのは、童謡「赤とんぼ」をモチーフにした春野萌さんの『会いたい人』です。春野さんは前回も最終候補に残っており、2作品目の応募での受賞となりました。
「赤とんぼ」は、日本で暮らすほとんどの人が耳にしたことがあるといっても過言ではないほどよく知られている曲で、「日本の歌百選」にも選定されています。そのメロディと歌詞は人々をノスタルジックな世界に誘います。
受賞作『会いたい人』は、そんな郷愁に満ちた童謡をベースにした作品。「主人公とかつて可愛がってもらった近所のお姉さん」、そして、「主人公が偶然出会った女性とその祖母」というそれぞれの関係性は、<十五で、姐やは、嫁にゆき、お里の、たよりも、たえはてた>という一節に象徴される「赤とんぼ」の世界と重なります。どんなに願ってももう二度と会うことができない人、もっと会っておけばよかったと後悔する人について思うことは、深い悲しみ、苦しみを伴いますが、ときに、その存在に励まされて大きな力をもらえることがあります。『会いたい人』は、主人公が抱える喪失感を丁寧に描きながら同時に、一人の女性との出会いによって、主人公が前向きに変化していく様子を映し出します。過去をとおしていま現在に目を向けることで、未来へ一歩進むことができるようになるーー主人公はそんな気付きを彼女から受け取ったのかもしれません。最後の場面では、二人を照らす温かい夕焼けが目に浮かぶようでした。そのオレンジ色の美しい光に、読者もまた心温められるのではないでしょうか。