バスの中ですでに凍えていたあさみは、教えられたとおりに歩き出した。もし今、湖に入ったら寒いと思う間もなく命がないだろう。この片道の旅は、もうすぐ終わるのだ。
人は生きているだけで人を傷付けているのだろうと、あさみは思った。だけどもそれ以外の生き方ができたのかと考えると、どの時点まで振り返っても答えはなかった。
八郎太郎も辰子姫も、たとえ間違えてしまったのだとしても、たった一度の失敗で竜にされてしまうほどの罪だったろうか。えりかもワタシもそれほどの罪を犯したのだろうか。
目線の先にえりかがいた。えりかもあさみに気が付いたようだった。
※※
「負げだって、いがべしゃ」
えりかがあさみに教えられた民宿に泊まって、話をしたお婆さんはそう言った。あさみは”語り部”と言っていたが、その人は民宿のお手伝いをしている地元のただのお婆さんらしい。
「あの子が語り部だって、そう言ったのぉ。あらしかぁ、まんず馬鹿でねが」恥ずかしそうにお婆さんはそう言うと、顔を真っ赤にして笑った。「たんだ、話し好きなだけだぁ」
八郎太郎と辰子の話の後にさっきの言葉を話してくれたのだ。
「負げだって、いがべしゃ。逃げでもいいんだょ。逃げだもん同士でくっつぐのだって、それだって立派な夫婦だぁ」
えりかは、囲炉裏とストーブとこのお婆さんに、すっかり暖められてしまった。
※※
「着いたね」
「こんな時期に呼ぶ、普通？」
「冬だから、いいんだよ」
「そんなもん？」
「そんなもん」
ふたりは手袋越しに手をつないで歩き出した。
「んだら、まんず……」
