楽器を携えた楽人たちが次々と船に乗り込んでいった。芳一とうたも後に続いた。おもむろにホラ貝の音が響き、かけ声とともに船は陸地から離された。岸辺には大勢の人々が集まり、にぎやかな談笑が風に乗って流れてきた。それは、一種独特の緊張を保っている厳かな船上の様子とはだいぶかけ離れていた。やがて、篝火を焚いた陸地は点の連なりとなった。空には星がべったりとはりつき、水平線のあたりから順番に海面に落ちてきそうだった。
か細く長く一本の笛の音が流れた。その音に誘われるように力強く篳篥が旋律を奏で始めた。櫓の中に命が芽吹いたような力が漲った。そこへ笙が複雑な音色を重ねてゆく。箏の弦が優しく弾け、華やかさを増した。繊細かつ伸びやかな音は海面を滑るように四方に放たれていった。うたは立ち上がり舞い始めた。小さな船はゆっくりと旋回した。海面をかき回す櫓の先から小さな水しぶきが弾け、うたの扇の高さにまで上がった。そのしぶきはまるで真珠のように光り輝いた。
そのとき、音楽に暗くもの悲しい音が混じった。芳一の琵琶の一掻きだった。それまでの華やかさが一変し、苦悩に満ちた音色へと変わった。思わず振り返ったうたは、芳一が向かう道の険しさを思い知らされた。横から手を差し伸べることなどできようもなかった。うたは夢中で舞った。月に照らされて輝き弾ける粒が水しぶきなのか自分の涙なのかもわからなかった。船がぐらぐらと揺れた。管弦の音が遠のいたり近づいたりして乱れて聞こえた。風の音も混じった。気づくと、穏やかだった海の様子が一変していた。うたはもう立っているのがやっとだった。遠くから、かすかに芳一が叫んでいる声が聞こえた。
「扇で結界を作るのです。」
うたは我に返り、扇を畳んで大海原に向かって腕を突き出した。船体に波が勢いよくぶつかり、ぐらりと傾いた。海面が目の前に迫ってきた。落ちまいと踏ん張った次の瞬間、大波が襲いかかった。
うたは曲がった腰を少し伸ばし、満月が草むらを白々と照らしている様を見渡した。ぬばたまを抱いた草が、乾いた風にカラカラと音を立てた。見覚えのある景色だった。幼い頃の記憶は、うたの中に色褪せずに残っていた。波に飲まれて戻った場所もここだった。うたはぬばたまの音に導かれるように再びここに立った。やがて、月がわずかに欠け始めたことを、草の揺れる影の柔らかさで気づいた。芳一の無事を祈った。そして、芳一の思いが遂げられるようにと願った。