三
六十一人もの村人が波に攫われた。牛馬も六頭ほど、犠牲になった。
波に攫われた人は帰ってこなかった。探し出そうとする手を止めたのは、私の父だった。
「やめろ。海に攫われたら、もう戻ってこねえ。探しに行くと、今度はお前ェがとられるぞ」
絶望に呻き、泣き伏す村の中で、父だけは気丈だった。死者を手厚く弔い、怪我人の介抱を母と一緒になって行い、誰よりも身を粉にして働いた。津波が滅茶滅茶にしてしまった村を見ながら、父は誰に言い聞かせるでもなく言った。
「死んだ者は――もう戻ってこねえ。辛くても、俺たちァここで、生きていくしかねェんだ」
村は悲しみから立ち直らなくてはならなかった。父が音頭を取って、村の復興が始まった。瓦礫を片付け、一軒ずつ家を建て直し、道を綺麗に整え、食物を確保し、衣類を集め、生き残った村人たちがやっていけるように、ありとあらゆることを父が陣頭に立って行った。まるで人が変わったような働きぶりだった。
あの津波から二年と少しで、村は以前の姿を取り戻した。傷は死ぬまで癒えずとも、悲しみを分かち合って、共に生きていくだけの場所はできあがった。
村は父を讃えた。生神様とさえ謳った。
しかし私は――四歳の私だけは、心の中に蟠る疑惑を拭い去ることができなかった。
四
「なあ、おッ父――」
囲炉裏の向こうに座る父に、私は呼びかけた。父は半分眠りながら、うん? と答えた。
父もだいぶ年老いた。漁の時も、舟に乗ってこそいたが作業のほとんどは私がやるようになっていた。最近では昔語りが増え、私が聞き役に回っている。自分の終わりが近いことを、薄々察しているのかもしれなかった。
ただ、ある一つのことにだけは決して触れようとしなかったが。今宵私は、そこに切り込む心算だった。
「あの津波のこと、覚えとるか」
父は頷いた。私は生唾を飲み込んで、言葉を続けた。
「あの日の前日、おッ母と俺とが、みちびき地蔵に集う亡者を見た。その話も覚えとるか」
父は頷いた。目を瞑ったままだが、しっかり覚醒していると、私にはわかっていた。
「津波の後、おッ父がいなければ、この村は死んでいたろう。おッ父は英雄じゃ。じゃが、おッ父――俺ァ、あん時、おッ父が何か隠しとるような気がしてならんかった。何となくじゃが、おッ父の目には、俺らには見えん何かが映っとる気がしたんじゃ。おッ父、違うか?」
寸時の沈黙があった。やがて父は目を開いた。凪いだ海のような、静かな目だった。
さすがに敏いな――父は、そう言った。
「儂の倅じゃ、当然か」
「おッ父――じゃあ、やっぱり何か知っとったんか」
お前が知り得ること以外は知らんわい、と父は答えて酒を啜った。
「覚えておるか。お前らが家に駆けこんできて、おッ母がみちびき地蔵のことを話したな。儂は本気にせなんだ」
「村に知らせようと、おッ母が言うのも止めたな」