小説

『水神の沼』紗々木順子(『照夜姫伝説(宮城県大崎市)』)

 長者は腹を立てて娘を蹴り飛ばしました。三番目の娘が夫の罪を認めたくなくて長者に嘘をおしえたのでした。二番目の娘が苦しそうに腹を抑えて呻くと、すぐに産声が上がり娘の着物の裾をかき分けるようにして一匹の白蛇がしゅるしゅると生まれたのでした。長者が驚いて腰を抜かしている間に白蛇は外へ出て草を分けゆるりゆるりと進んでいきます。我に返った長者が這うように後を追うと、あの沼の中に消えて行ってしまいました。これでは娘の言葉を信じないわけにはいきません。長者は恐れをなして沼のほとりに立派な祠を立て、水神様に許しを請いました。すると、美しい若者の姿をした水神様が現れおっしゃったのです。
「我が妻を大切にせよ」
 長者はその場にひれ伏し二番目の娘を必ず大切にすると誓いました。
 長者は約束通り二番目の娘を母屋の一番良い部屋に住まわせ、何人もの下女に世話をさせるようになりました。もう反物屋の息子の手の届くお方ではありません。神の妻に自分がしたことを知られる前にと、三番目の娘を顧みることもなくさっさと逃げ出してしまいました。
 それからというもの二番目の娘は以前にも増して臥せっていることが多くなっていきました。食事もまともに取ろうとしません。そしてある夜、下女たちの目を盗んで沼へ行きそのまま身を投げてしまったのです。まわりの者はみな娘が寝ているとばかり思っていたので、いなくなったことに気がついたのは翌朝のことでした。
 自ら命を絶ったものを水神様にはどうすることもできませんでした。沼底で娘の亡骸を抱きしめた水神様は、人の子のように涙を流し、水面に浮かんだ娘の着物が季節外れの蓮の花となって沼を覆ったそうです。
 この沼には白蛇と美しい姫の悲恋の物語だけが残っています。

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