小説

『帽子の底』百々屋昴(『王様の耳はロバの耳』)

 他人のように舌が動く。流暢だった。当然だ。
 本音なんだから。

「はは、だよなー」

 見せるだけ見せたら興味を失ったのか、同級生は気軽にスマホを引っ込めた。雑談に戻る。げらげらと笑う声が鼓膜を擦った。

 硬い椅子の上で体を縮める。どこかに逃げ込みたくてしょうがなかった。
 イメージの中だけにある深い穴の奥に、僕を押し込む。ぎゅうぎゅうと縮んでいく。
 潰れてひしゃげて小さくなって、そのまま消えてしまえばいい。そう思えば思うほど、帽子の中にはじっとりと熱がこもっていた。

 
***

 
 自室の鍵をかけるなり、帽子を床に叩きつけた。黒いニットがべちゃりと這いつくばる。
 なんなんだよ。ただの耳じゃないか。耳があるってだけで、なんで笑い者にされなきゃならないんだ。
 どうかしてる。

 思った直後、違うと気付いてしまった。

 足元がどこかへ抜け落ちる。震える手をぐっと握り締めた。逆だ。あいつらの方が「普通」なんだ。履き違えるな。
 なんで忘れていられたんだろう。自分が「おかしい」ってことくらい、もうずっと前からわかりきってたんじゃないのか。

 いつかのように、視線を感じた。ぱっと振り向く。いつの間にか立て直されていた、棚の上の家族写真を見る。
 枠の中で、幼い僕が無邪気に笑っていた。ロバの耳なんてどこにも生えていない。

 一体いつから間違えたんだろう。どこからおかしくなったんだろう。
 でも……元から「こう」じゃなかったなら、やめることだって出来る。そのはずだ。そうじゃなきゃおかしい。

 腹の底がぎりぎりと痛む。早くなんとかしないといけない。
 僕が「こう」だってバレてしまう前に。

 身を守るには、「普通」でなきゃいけない。
 この耳を捨てないと「普通」になれない。
 じゃあ、どうすれば。

 ……なんだ、簡単な話だったのか。

 
***

 
 決めるまで三日もかからなかった。

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