小説

『あきらめよう』洗い熊Q(『諦めている子供たち』)

 生きるのをあきらめるのに。
 飾るのあきらめよ。
 可愛くなるのあきらめよ。
 そう美しくなるのあきらめよ。
 完璧になるのあきらめよ。
 人が望むのようになるのあきらめよ。
 死ぬのあきらめるのに。
 かっこよく死ぬのあきらめよ。
 後悔なくすなんてあきらめよ。
 楽して逝こうなんてあきらめよ。
 そう望み通りになるなんてあきらめてしまえばいいんだ。
 そうだ、そうなんだよ。
 明日を心配するのあきらめればいいんだ。
 そしたら今日が大切に思えた。
 今が大事なんだと感じた。
 そうだよ、そうだったんだよ。
 思い出が無駄じゃないんだって思えた。
 あれから続いているんだと感じた。
 全部あきらめるのをあきらめたら。
 心からやりたいのがあるんだと気づいた。
 たった一つだけでよかった。全部じゃなくて良かったんだと。
 大事にするのは一つでいいんだよ。でも、それは君それぞれ。
 あきらめるのも、君それぞれ。

 
 そこで字幕は流れなくなった。
 後はエンドレスで曲が流れ続け、ゆっくりと映像はフェードアウト。最後に曲のタイトル「あきらめよう」が出たが、他は彼女の名前すら出ずに終わってしまった。
 関連付けされた他の動画もない。まだ一曲だけなのだろうか。彼女の想いは詩から伝わっても、意図と言うものが理解できずにいる。
 何だろう。少し不完全燃焼な気持ちは。何かしらの答えがないと納得がいかない気持ちになっていた。

 
 また彼女に会える保証などなかった。それに同じ界隈にいるとも限らない。
 暫くして通り掛かった街路。会う為に来た訳ではないが、思わず周囲を伺ってしまう。だから姿を見つけた時は少し嬉しくなってしまった。
 残念ながら演奏は終わってしまったようだ。彼女は片付けを始めている。
 少し迷ったが思い切って声を掛ける事にした。色々と訊くつもりはなかったが、せめて動画の感想だけは伝えようと決めた。
 近づくと直ぐに私に気付いてくれた。マスクした顔を突き出す様に向け視線をくれている。躊躇する間もなく私は声を掛けた。

「今晩は。動画、観ました。とても感傷深かったですよ」

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