小説

『朱美の物々交換』吉岡幸一(『わらしべ長者』)

 消しゴムは文庫本に、文庫本は使い込まれた手提げカバンに、手提げカバンは野球のグローブに、野球のグローブは大根に、大根はバラの花束になった。一度、うまく行きはじめると、勢いよく転がるように物々交換は成功していった。
「なぜこんなことをしているの?」と、何人もの人に尋ねられた。そのたびに朱美は「人見知りを克服するためなんです」と、正直に理由を話した。
 感心されたり、驚かれたり、首を捻られたりしたが、誰一人としてこんなことをしている朱美を笑う人はいなかった。
「がんばって克服してね」「ぜんぜん人見知りだなんてみえないけどな」「目指す自分になれたらいいね」「おもしろいアイデアだ」などと言われて、どの人もやさしく朱美を応援してくれた。
 朱美に自信がつきはじめたときだった。ふいに後ろからきた人に肩を叩かれた。振り返ると、そこには同じ高校のクラスメイトの大野がいた。不思議でたまらないというような目で朱美を見ている。
「大根とバラの花束の交換っておもしろいね」
 きっと朱美が大根を手に持って物々交換の相手を探していたときから、大野は見ていたのだろう。
「このバラの花束と大野君の持っている物と交換してください。なんでもいいから」
「交換できるものといったら、このスケッチブックくらいかな」
 大野は鞄を開くと中から、F3サイズの真新しいスケッチブックを取りだして朱美に手渡した。
 朱美はすぐにバラの花束を渡して、もらったスケッチブックを開くと、そこにはまだ何も描かれていなかった。
「いいの? 新品じゃない」
「いいんだ。まだ家にあるから。それよりちょうど花束があって助かったよ。今日は結花ちゃんの誕生日だから花を買うつもりでいたから」
「ああ」と、朱美は言って「わたしの誕生日は……」という言葉を意味ありげに言いかけて収めた。
 結花も同じクラスだった。ふたりが付き合っていることを、教室の隅で話したこともないクラスの女子がひそひそと話しているのが耳に入ってきたことがある。
 大野はクラスの人気者だ。人見知りをしない性格で、用がなくてもたまに朱美にも気さくに話しかけてくる。結花はそんな貴志に似ていて社交的で明るい。お似合いのカップルだ。朱美はそんなふたりの性格を遠くから羨んでみたことが何度もある。
 こんなところを結花には見つかりたくないと思っているところに、駅の改札をでた結花の姿が見えた。結花はすぐに大野をみつけたようで手を振りながら駆けてきた。
「どうして朱美ちゃんがいるの」
 挨拶する間もなく結花が聞いてきた。
 朱美が説明する前に大野が話しだした。人見知りを克服するために知らない人に話しかけて物々交換をしているのだと説明すると、結花は大野が抱えている花束を見て「その花束も交換してもらったのね」と答えた。
 焦ったのは大野も同じで、隣で唸りながら必死に言い訳を考えだそうとしていた。同じクラスの女子から、物々交換した花束を彼女の誕生日プレゼントに送るのはさすがにマズイと思ったのだろう。
「スケッチブック、返します」
 朱美が差しだすと、大野ではなく結花が手を振って断った。
「違うのよ。怒っているんじゃないから」

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