トキは強がって言ったが、打ち付けた腰が痛いのかもう一度襲いかかろうとはしなかった。腰を押えながらじっと立って睨みつけているだけだった。
「とくに風車に異常はないようだから帰るとするか。やれやれ……」
男はわざとらしく言うと、急に駆けだして近くに止めてあった軽自動車に飛び乗った。そしてすぐにエンジンをかけてきた道を下っていった。ふたりは髪の毛を押えながら走り去っていく車を見つめた。
なんだか可笑しくなったふたりは顔を見合わせて笑いだした。笑っているうちに、強く吹いていた風が弱まってきた。徐々にというより、パタッと止んでしまった。風車の羽の回転もゆっくりと遅くなっていき、やがて止まってしまった。
雲のすき間からは太陽に光が帯のようになって海辺を照らしはじめ、波も静まってきていた。海面は宝石を散らしたように輝き、海鳥が弱まった風と戯れるように飛んでいた。
「これで町も救われたな。俺が石を羽にぶつけ続けた効果がやっと出たというわけだ」
崖の縁に立って、どこまでもひろがる海を眺めながらトキは言った。
「風が弱まったから羽も止まったと思うんだけど」
トキの隣に立ったテテは間違いを指摘するように言ったが、その口調は柔らかかった。
「もうどっちでもいいよ。町が助かったことには違いがないんだからな」
「そうね、どっちでもいいわよね」
「あのな、俺、来年の春にテテが通っている高校を受験しようと思っているんだ」
唐突だったが、それは薄く白くなってひろがっていく雲のように優しい話し方だった。
「じゃ、私の後輩になるんだね」
テテは日射しを避けるように目を細めた。
「後輩になっても敬語は使わないけどな」
「うちの高校けっこう難しいわよ。トキの頭じゃ相当勉強しないと入れないかも」
「こう見えても勉強はしているんだよ」
「それじゃ、これからは家で受験勉強をすることになるんだね」
「いや、受験の日まではドン・キホーテのように旅をするつもりだよ。奴がいう騎士道なんてものはさらさらわからないけど、人助けのボランティアをしながらいろんな場所に行くつもりだ。もちろん金はバイトしながら稼ぐつもりだから」
「バイトをするっていっても、またすぐに辞めてしまうんじゃないの」
「そうかもな。でも今度は目標ができたから頑張れそうな気がするよ」
「どうして、急にこんなことを言いだしたの」
「今日、風車をとめて町の人を助けたように、これからも人助けをしたくなったんだよ。そのためには高校に行って勉強をしておいたほうがいいだろう」
「いや、だから風車は台風の風の力で回っていただけだから」
「いや、風車が回っていたから強い風が吹いていたんだ。ほら、ゆっくり回っているときは、風だってやさしく吹いているじゃないか」
「もう、どっちだっていい」
「そうだ、どっちだっていいさ……」