小説

『火垂』和泉直青(『雪女』)

【 第2章・雪女 】

私が火男に出会ったのは、これで2回目だった。
一度目はフランスで、二度目は、日本の古い寺だった。

私はフランスの山奥の湖のほとりで、火男が樹木に横たわり、光っては消える蛍を見つめながら短い歌を歌っていたのを木影からうっすらと聞いていた。

今でもしっかりと覚えている。それは日本の「短歌」と呼ばれるものらしい。

火男は火の研究をしていて、
日本各地で行われる「火葬」という弔いの儀式を研究していた。

火男と再会できて、私は嬉しかった。火男は私の望んでいるもの全てを身につけていた。

火男の研究を手伝うようになってしばらくして、私は熱海の夜の稲穂に舞う、「蛍が放つ火」に魅せられていた。なんという幻想的な炎なのだろう。

まるで、命のような。
まるで、死のような。

ある晩、火男は寝ている私の耳元で、こう歌った。

「もの思へば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づるたまかとぞ見る」(―万葉集・和泉式部「蛍火」の短歌)

いつかの私への返し歌だろうか?
それとも?
気づけば、私はいつも、火男の事を考えていた。

私は、フランスから帰って来た火男に、本格的な蛍火を見に行きたいとねだった。
私の灯は、もうすぐ消えてしまう。多分、火男は、それに気づいていたんじゃないかと思う。

火男が言うには、滋賀県の琵琶湖の周辺に「蓑火(みのび)」という古来から伝承される怪火(かいか)現象があるらしい。火男が言うには、それは、インターネット上の「炎上」とも似たような現象らしい。
湖を人の乗った舟が渡ると、身に着けている蓑(みの)に点々と、まるで蛍の光のように火の玉が現れる。

蓑をすみやかに脱ぎ捨てれば蓑火も消えてしまうが、うかつに手で払いのけようとすれば、
どんどん数を増し、火は勢いを増して体中を包み込むという。

気がつくと、私たちは熱海の稲穂を刈り上げて作った蓑を着て、古いボートを借りて琵琶湖を渡っていた。

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