小説

『カレーか不倫』真銅ひろし(『ロミオとジュリエット』)

 いつもこんな感じ。旦那の愚痴だったり、ドラマの話だったり、子供の話だったり、どうでもいいような話題で盛り上がる。けれどそれが下らないとは思わない。ついこの前まで私もそんな感じだったのだから。

―――――私と直人さんが惹かれ合ったのはちょっと前の事だ。パートの休憩中にたまたま事務所で一緒になった。35歳と同い年の直人さんは旦那より全然優しいし、格好良くて、ここに入った時から少し惹かれていた。ただお互い結婚をしているし子供もいる。特別な感情になるなんて考えてもいなかったし、それより何より向こうがこちらに興味があるとは思わなかった。
「沙織さん、ちょっと聞いて良いですか?」
 きっかけはこんな感じだったと思う。普段たわいもない会話はしていたが、その時は少し様子が違った。
 喋り終えた直人さんは深くため息をつく。内容は子供の教育方針について奥さんと喧嘩していると言う。小学5年生になる息子が部活のサッカーに専念したいから塾を辞めたいと言いだし、奥さんはダメと言い、直人さんは本人の意見を尊重する、と言った具合に意見が割れた。
「はぁ。」
 直人さんは深くため息をつく。その姿はいつも優しく私達に接してくれている直人さんとは思えなかった。しかし不謹慎かもしれないが、そんな弱っている姿を見るとまるで弱点を見つけたみたいで心が浮き足立ってしまった。
 そこからだろうか、なんとなく直人さんと話す機会が増えたのは。秘密を知ってしまったような感覚のおかげかは分からないが、以前よりも話しやすくなっている。その事がとても嬉しかった。
「話を聞いて貰ったお礼にご飯でも行きませんか?」
 ある日、事務所で二人きりの時に直人さんから誘われた。断る理由などどこにもなかった。たぶんこの時にはお互いに惹かれあっていたのかもしれない。
 そしてその食事の後に私と直人さんは体の関係を持った。

 家庭では完璧に妻と母親を演じ、一方では淡い恋愛をしているような、心を躍らせる女性になる。同じような毎日がまるで違った世界に変わる。そんな時間がたまらなく楽しかった。もちろん罪悪感がないわけではない。夫だって子供だって大切だ。けれどそう思えば思うほど、逆に直人さんとの関係が切り離せなくなってくる。
 心も持っていかれそうだった・・・。

 友人の美香は険しい表情をしている。
「私はやめといた方がいいと思うよ。」
 なんとなく分かっていた言葉が返って来た。
「やっぱり?」
「そりゃそうでしょ。不倫でしょ、それ。バレたらどうすんの?」
「一応気をつけてはいる。」
「向こうだって家庭があるんでしょ、W不倫じゃん。」
「そうなんだけどさ・・・」
 改めて客観的に事実を言われると罪悪感が倍になって甦ってくる。目の前のコーヒーとケーキに手を伸ばすのも申し訳ない気分になる。それとは反対に美香はこちらをジッと見ながらコーヒーを一口飲む。
「どれくらい前から?」
「・・・三ヶ月くらい前から。」

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