それは、ほんのいたずらのつもりだった。けれど、それであの人は壊れてしまった。「魔法の鏡」が、この城で唯一あの人の支えだったのに、私が奪ってしまったのだ。
私の母は本当に美しい人だった。父王はもちろん、城中、国中の人々から愛されていた。そんな母の後后になるのは、相当な重圧だっただろう。そんな彼女の自尊心を支えたのが、唯一あの「魔法の鏡」だったのだ。
なのに、私が奪ってしまった。
壊れていく彼女の姿を見て、ようやく私は自分の犯した罪の大きさに気付きました。継母の抱えていた苦悩をそこではじめて知ったのです。
だから甘んじて差し出された毒林檎に口を付けました。けれど、目覚めてしまった。
「ああ、私はどうすればいいでしょう」
ため息を吐くと、王子がすっと私の前に手を差し出し、優しく微笑む。
「素直にごめんなさい、って言うんだよ」
さあ、一緒に謝りに行ってあげるから。そう言って差し伸べられた王子の手を取り、私たちは城へ向かう。
来た時には薄暗かった森は、今は優しい日の光が射し、朝露に濡れた花々が甘い香りを放つ。やさしい香りが私たちを包む。
城へ着くと真っすぐ継母の部屋へ向かい、誠心誠意謝った。心を込めて。すると継母もまた涙を流して私に申し訳ないことをしたと繰り返した。
継母は、魔法の鏡が示す美しさを失ったせいではなく、私が彼女に敵意を向けたことを知ったがために、間違った行動をとってしまったようだった。
継母は、「魔法の鏡」が私と母の秘密のおもちゃだということを知っていた。部屋に残されていた母の日記で知ったという。それで、私に新しい母親だと認めてもらうために、母と同じように私のことを愛すると伝えんがために、毎日鏡に呪文をとなえていたそうだ。
ちゃんと心を向けて話してみないと、人が何を考えているかなんて分からないものですね。ようやく、私たちはうち解けました。ふたりとも、ただ、寂しかったのだ。
「おやすみなさい」
私は鳥かごに向かって挨拶する。
「おやすみ」
美しいオウムが答える。
それから。
「おやすみ」
壁の、魔法の鏡の向こうから、もう一つ声がする。やさしい声が。
「おやすみ」
ふかふかの白いシーツにくるまれて、まるで雲の上で眠るみたい。澄んだ夜空には満天の星空が広がる。ちゃぷちゃぷと波音が心地よい。
「おやすみ」
おかあさんの声。王子様の声。小さな女の子の声……。やさしい声を聞きながら、すやすやと寝息を立て、私は深い眠りに就く。
――おやすみなさい――。