小説

『おやすみ』香久山ゆみ(『白雪姫』)

「下心がなかったといえば嘘になる」
 と王子はいたずらっぽく笑った。
「見目麗しいしい姫君の噂を聞き及び、ぜひ妻に迎えたいと考え、海の見える城へ向かう途中だったのです。その道中、この森でたまたまあなたを見つけた。なんとしてもその命を救いたいと無意識に体が動いていました。聞きしに勝る美しさがそうさせた。小鳥と会話できるほどその心も美しいと聞きます」
 真っ直ぐに向けられる王子の視線がくすぐったくて、思わず私もほころぶ。
「ふふ。鳥と挨拶することならば、王子もすぐにお出来になりますよ。うちの鳥はしっかりしつけていますから」
 王子がきょとんとした顔を向ける。が、すぐにはっと我に返ったように息巻く。
「ところで一体誰があなたをこんな目に遭わせたのですか」
 と、我がことのように怒りを感じてくださる。こんな私のために。
 私は正直に王子に白状する。
「誰のせいでもない、すべて私のせいなのです」
 自業自得。私の度を越したいたずらが招いた結果が、あの毒林檎なのだ。
 母亡きあと、父王は新しい后を迎えた。つまり私の継母だ。
 城へ入った継母には、もとの私の母の部屋があてがわれた。大きな「魔法の鏡」のある部屋。その部屋で、継母もまた、母と同じように、毎日鏡に向かって問いかけた。
「鏡よ鏡。世界でいちばん美しいのはだあれ?」
「それは、あなたです」
 鏡はいつでもそう答える。私はそれがいやで仕方なかった。「魔法の鏡」は、私と母の二人だけの秘密だったのに。母を喜ばせるために、私が魔法をかけた鏡だったのに。思い出が踏みにじられた気がした。が、幼い私にはどうしようもない。
 そのうちに、私も成長し、美しかった亡き母によく似てきたと皆に言われるようになる。
そこで、私は一計を案じた。ほんのささやかないたずらのつもりで。
「鏡よ鏡。世界でいちばん美しいのはだあれ?」
 継母が尋ねると、ある日を境に鏡はこう答えるようになった。
「それは、白雪姫です」
 継母の驚きようときたら。継母は、何度も何度も鏡に尋ねた。けれど、何度尋ねても答えは同じ。だって、私がそうしつけ直したのだから。
 継母の部屋は、私の部屋の隣です。魔法の鏡の、壁を挟んだちょうど真裏に、鳥かごがある。その鳥かごの美しいオウムはとても賢く、言葉を覚える。しっかり教えてやると、流暢な言葉で何度でも間違いなく覚えた言葉を繰り返す。
「おはよう」と声を掛けると、「おはよう」と返事をする。「ただいま」と言うと、「おかえり」と返してくれる。そして、
「鏡よ鏡。世界でいちばん美しいのはだあれ?」
 と聞けば、
「それは、白雪姫です」
 と、何度だって答える。

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