言葉がうまく紡ぎ出せなかった。教養人になりつつあるはずなのに。伯父さんが残した本をたくさん読んでるのに。全然、感情が、言葉に結びつかなかった。
「お父さん、七ちゃんのこと好きだったんだよ。七ちゃんがお父さんのこと好きだったから。いいね、男同士って、そういうところでわかりあえて」
その言葉を聞いて、おれの目から一気に涙が溢れてきた。声を上げて泣いた。みっちゃんの前なのに。情けない男みたいに。実際おれは情けない男だが。その情けなさゆえに、おれは涙を禁じ得なかった。
みっちゃんも泣いていた。もらい泣きってやつだろうか。それとも、実の娘は実の娘なりに、自分の親父に対して、そして彼が愛したというおれに対して、なんか思うところがあったんだろうか。わからない。わからないが、けっしてそのなんか思うところは、憎しみとか嫉妬とか怒りとか、そういうドロドロしたものばかりではないらしかった。
「ねえ、七ちゃん。あの絵、見たい?」
おれがひとしきり泣き終えたころ、みっちゃんはポーチから出した上品な色のハンカチの端で、まなじりから涙を吸い出しながらいった。
「見たいって? どういうこと?」
おれにはわけがわからなかった。みっちゃんは、おれがさらに驚くことをいった。
「あたしあの絵買ったから。お父さんが残したお金で。うちにあるよ。見に来る? それとも、今度ここに持ってこようか。このお金で七ちゃんが買ったことにして」
そして彼女は――おれの初恋の女の人は、ポーチの横腹をぽんっと叩き、愛に溢れた笑顔を見せた。
そんなわけで、伯父さんの梅の花の絵は、狭い世間を一回りして、この家に戻ってきた。
いまはリビングに飾ってある。
現在おれとみっちゃんが暮らす、この家のリビングに。