小説

『神様になった怠け者』加藤(『三年寝太郎』)

その三日月が満月になったころ、村を取り仕切っていた大庄屋が動き初(そ)めた。狡猾さも近隣きってで、うまい話には目が無い。権次を〝寝太郎〟と踏み、名を挙げようと縁結びを持ち上げる。トンビが鷹を産んだのか庄屋の子息、子女はこの上もなく利発な善人だった。息子は挺を嫁に迎えることを、娘は権次に嫁ぐことを二つ返事で承知した。この破格な縁談に挺の首を縦に振らせたのは、息子の一作(いっさ)だった。不遜な影が微塵も無い一作に、挺は安心の心を寄せ嫁入りを決めた。そして嫁に入る姉の総(ふさ)は挺がお手本にしたいような貞女だった。皆訝ったが、総は単に親の命(めい)、仕方なし、ではないようであった。同なじ女としての勘なのか、総も挺同様、権次に何か感ずるところがあるようであった。祝言は、主人となる敷地だけは駄々広い権次の屋敷で二組同時に行われた。馳走や振る舞い酒に誘われて多く村人が集まり、近隣の要人もちらほら参列していた。大庄屋の計らい、それでこそ、ということで権次は床に寝たままに宴が催された。皆が皆飲めや歌えの大騒ぎのなか、権次はあいもかわらず懇々と寝続ける。何かの折にふれ、その鼻を相槌のように鳴らすのを見て挺は一作の傍らにいて幸せの顔をクスクスと輝かせるのだった。宴の止んだキラキラする朝日の中、総は微睡みながら、懇々と眠る権次を見詰め深く満たされていた。奥の座敷では挺と一作が正座で向き合い、挺は深く深く三つ指をついた。
それから日の入りがひと刻ほど長くなった頃、一作のところより早く、いったいどうやってかと、皆不思議がったが、権次のところに子ができた。珠のような童ではあったが、髪が1本もなく、つんつるてんで産まれた。額の真ん中に黒くホクロのような痣もあり、総は心配だったが、長ずるに及び髪は黒々生え、痣も消えた。その後、女の双子を産み、当時双子は忌み嫌われていたが権次の子ということで2人とも大切にされた。大庄屋との縁が結ばれたこともあって権次は益々村の守り神のような存在になっていった。何かあれば権次が助けてくれる。皆、お日様が東から昇って西に沈むことのようにそう信じていた。だから、相変わらず権次がぐうたら寝ていれば寝ているほど災いは起きないのだと村人達は安堵し感謝した。村のやんごとない月日が流れ、人間50年と云われていた時代のそれをほぼ寝通して、権次の一生が終わりに近づいていた。親しい者や、近隣の人々に見守れ、最期にいびきの鼻を軽く鳴らして権次は息をひきとった。そしてその四十九日の過ぎた頃、村の長老の発案で権次を神社に祀ろうという話が持ち挙がった。今度はあの世から村を護ってもらおうということであった。ぽんと手を打ち、既に家督を継いでいた一作はたいそうに立派な大社を普請し、周辺に茶屋だの土産物屋だの旅籠だの色々と施設まで設る力の入れようだった。挺は度々神社に訪れ、拝みながら、更に〝立派〟になった兄が誇らしかった。総も3人の子に連れられて夫の〝墓〟をよく訪ねた。朱塗りの大きな鳥居を見上げて、産まれたときつんつるてんで額に痣の長男坊が苦笑いで言った。「お父(とう)はただ寝ていただけだよなぁ…。」双子の娘がそろってからからと笑う。「ほんになぁ…。」総はその顔を遠い本殿の御社にむけると、そう言ってクスっと笑った。「ねえ、神様」

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