「米沢さーん! すぐに救急車呼んで下さい!」
おばあさんの顔色を一目見た職員は、緊迫した様子でカウンターへ声を張り上げた。名札には、高橋と書かれている。ブロッコリーは、傍らに投げ出されていたおばあさんのバッグを拾い上げると、小さなおばあさんの頭の下に敷いて枕代わりにしていた。
「とにかく安静にさせておいた方が良い感じね。あなたたち、ちょっと見ててくれる? 私は何か身体に掛けるもの持ってくるから」
あたしが頷く暇も与えず、高橋さんはどこかに駆け出していく。ブロッコリーはとても心配そうな眼差しで、半袖のワンピースから伸びたおばあさんの驚くほど細い腕を撫でている。
あれ、どうしてこんな状況になったんだっけ? と思いながらも、あたしもブロッコリーの真似をするように、反対の腕を恐るおそる撫でてみた。
「本当にどうもありがとう。あなたたちがいち早く気づいてくれたおかげで、すぐに救急車を呼ぶことができました」
図書館の玄関口のところで、高橋さんがかしこまった様子で頭を下げる。こんな丁寧な大人がいるということにびっくりしつつ、あたしは
「いえいえ、とんでもないです」
と、まるで一端の大人気取りの台詞を口にしてしまった。
あれからすぐに救急車は来てくれ、おばあさんは担架に乗せられて病院へと向かった。軽い心筋梗塞、という言葉が会話の断片から聞こえたけれど、あたしにはあまり実感の湧かない単語だった。
「それにしても、仲が良いわね。今日は図書館デート?」
明るい話題を振ろうと思ったのか、高橋さんは急におばさんエンジンを全開にしてきた。
「い、いえ、そんなんじゃないです」
両手を振って必死に否定するあたしの本音を、あろうことか高橋さんは中学生女子の照れと勘違いしたらしく、
「ふうん」
と大人の女の余裕を滲ませた意味深な笑顔を浮かべた。ふとブロッコリーの顔を覗き見ると、目を丸くして驚いている様子だ。ブロッコリーに興味はないものの、嫌そうな表情をされていたらあたしもそれはそれで傷つくので少し安心した。
気をつけてね、と見送る高橋さんに手を振りながら、図書館の階段を二人で降りていく。成り行き上、仕方ないのは承知だけれど、何故かあたしの横にはブロッコリー。見上げる六時過ぎの空は、明るさの中にもどこか暮色をすでに潜ませている。
「ね、同じ学校だよね?」
仕方なく、あたしはブロッコリーに話しかけた。冷たく清潔な風が足元を吹き抜けていく。
「あ、うん。二年二組の藤島大地っていうけど」
「あ、そうなんだ。あたし、一組。羽田香織」
隣のクラスに藤島なんていう生徒がいたことを、あたしは初めて知った。
「藤島くんって、意外と声大きいよね?」
「えっ?」
一瞬、どうして知っているのかときょとんとした顔を浮かべたブロッコリーだったけれど、助けを呼んだあのときかと思い至ったらしく、
「中学のとき、剣道部に入ってたから」
と、はにかむように笑った。