せめて、購買でメロンパンを買うときみたいに気軽に、あたしにもあんな青春が手に入れば良いのにと思った。
市立図書館の中はひんやりと冷たく、そしてどこか薄暗い。窓の向こうに見える青々とした芝生との対比が、余計にこの屋内の様相を黴じみた景色に変貌させている。
部活動に所属していないあたしは、学校帰りにたまにこうして市立図書館にやって来る。学校の図書室とは蔵書の数が全然違うから、読書の幅が広がって楽しいのだ。
ぴんと張り詰めたような静けさが支配する空間では、足音一つとっても下手をするタンバリンを打ち鳴らすことと同等の騒音と受け取られかねない。あたしは敏腕の諜報員になったつもりで、足音を極力立てないよう静かに歩いた。
厳選して手に取った三冊の単行本を抱えて文庫本コーナーへと向かう。普段からパンパンに膨らんでいる学生鞄に効率よく借りた本を収納しようとすると、単行本三冊、文庫本四冊という割合に落ち着きがちだ。もちろん、長編のばかみたいに分厚い本は対象外だけれど。
文庫本のコーナーに行くと、飽きるほど見慣れた同じ学校の制服を着ている生徒に出くわした。あたしの運命を暗示しているかのように、それは光輝ではない男子生徒だった。あたしにとってこの世界の男子は、光輝か、そうではないか人間かに二分されてしまうのだ。
もっさりとしたブロッコリーのような髪型のその眼鏡男子は、真剣に時代小説コーナーを漁っている。どこか海底を移動する蟹を彷彿させる動作を見ていると、あたしのときめきセンサーは微動だにしないどころかマイナスへと針が振れていくのが分かった。
例えば広瀬すず主演の青春ドラマだったら、外光溢れるレトロな図書館の光差す本棚で、それまで他人同士だった二人の指が、たまたま同じ一冊の本を取ろうと触れ合って運命の幕が開けていく、みたいな展開になるのだろう。しかし、あたしと広瀬すずの共通点なんて、おかっぱの黒髪だけだ。
あたしは、その男子生徒には目もくれず、お目当ての作家の本棚へと一直線に向かった。妖怪シリーズもので、とても分厚いその文庫本はまるで正方形のサイコロみたいな形をしていた。あたしが意気揚々とその本を手にしていると、背後から物音がした。ぱっと振り返ると、世界文学全集コーナーの前で、小柄なおばあさんが倒れている。
「だっ、大丈夫ですか」
すぐさまあたしはおばあさんに近づいてみたが、苦し気にぎゅっと目を瞑ったおばあさんは、いやいやをするように首を振るばかりで、何も答えてはくれない。誰か呼ばなければと、あたしは肺いっぱいに空気を吸い込んだが、この図書館の静寂を破ることに躊躇が働いてしまって、思うように声が出せない。
すると、どこからともなくあのブロッコリー頭が現れてきて、おばあさんの顔を一瞥するや否や、
「大変です! おばあさんが倒れています!」
と、館内中に響き渡る大声を上げながら、受付カウンターの方へと走っていった。エプロンを身に着けた職員が走ってくるあいだにも、テーブルで本を読んでいた周りの人々が心配そうに近寄ってくる。ただ心配そうなことは充分に伝わってくるけれど、集まってきた大人たちはあたしとおばあさんを見下ろしながらおろおろとするばかりで、助けの手を差し伸べてくれる人は誰もいなかった。