小説

『everything i wanted』平大典(『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド)

「どした、果穂」
 顔が。
 カッコよくなっている。
 いや、正確に言えば。
 私が描いた肖像画に似ている。
「いや、なんか雰囲気変わった?」
「いつの話?」
「昨日と」
 タカシは白い歯を見せて笑った。「昨日と変わるわけねーじゃん」
 言う通りだ。
 そんなわけはない。

 
 ***

 
 タカシの顔を描きなおすたびに、彼自身も美しくなっていった。
 思い出したのは、ドリアン・グレイの肖像。
 永遠に若い美男子の秘密。
 家の奥に隠された老人の肖像画。
 みたいなものか。
 モデルをやめさせても、私は美術室でタカシの肖像画を修正していた。 
 私はタカシに絵を見せなかった。
 魔法が解けるのかも、と危惧したのだ。
 私は、どこまで理想のタカシに近づけられるか試した。
 目の下にホクロを。髪型をショートに。アゴをシャープに。
 私は悦に浸った。
 ふと、廊下の外から女子生徒の声がしてきた。
「タカシ先輩って、かっこいいよね?」
「そっかな。タカシさんって何部の人?」
 二人とも、嬉々とした様子で会話している。
 私は、腕を止め、二人の会話に耳を傾けていた。
「知らないの、男子バスケ部だよ。なんか最近イケメンになっているって、みんな言っているよ」
「そうなんだ。今度体育館にのぞきにいこっか」
 みんなも気づき始めているのか。
 私は、完成することのない肖像画を見つめる。
 実物のタカシも美しく、輝きを増していく。
 もはや元の顔さえ思い出せない。

 
 ***

  
「最近どう?」
 夕暮れの帰り道、私はタカシに質問する。
「別に。部活が面倒なだけ」
 タカシは自転車をひいている。

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