小説

『everything i wanted』平大典(『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド)

「こんなんでいいのか」
「うん。動かないで」
 私は、鉛筆を動かす。
傷だらけの木製のイーゼルに固定した画用紙へ、タカシの輪郭を描いていく。美術部に所属していてスランプ気味の私は、肖像画のモデルを、同じクラスのタカシにお願いをした。
 石膏の胸像を描いてみても、全部ダメだった。気分転換に、実物の人間へ変えてみようと思ったのだ。
 タカシは小学校からの知り合いだから、お願いするのも気も楽だ。私が美術大学への進学を希望しているのも知っていたから、喜んで引き受けてくれた。
 私は集中していた。
細い線がいくつも重なっていくと、徐々に人の顔へ近づいていく。
 放課後の美術室は静かだ。自然光が窓から柔らかく入ってくる。
 キャンパスの上で動く鉛筆の音だけが響いている。

  
 ***

 
「どうよ、果穂」
 斜め45度で固まった表情のタカシが、横目で私をみる。男子バスケットボール部に所属するタカシは、細身で背が高く、健康的な男子だ。
「ううん。まあ」
「……見ていいかな」
「だめ」
 私は自分が素描した作品を見てみる。
 正直、似ていない。
 輪郭もすっきりして、目をパッチリしている。鼻筋もしっかり。
 実物よりも、……イケメンだ。
「見せてくれないの? 俺がモデルっていうかなんだろ」
「ちょっと無理」
「俺だって、絵が似てるかくらいわかるぜ」
 お互いのために見せないほうがいいかも。
「いやあ、こういうのはさ、完成したのを見るのが筋なんだよ。映画とかだって、未完成の見せても嫌じゃん。作り手だってきっと同じじゃん」
「……そんなもんかなあ」
 タカシは、納得したようなしないような声を出した。

 
 ***

 
 次の日、美術室に来たタカシの顔を見て私は声を失った。

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