「たまたまタロー君と、ジロー君だよ。いいネタになるんじゃない?」
「偶然過ぎて、逆にリアリティないですよ」
「なんだよ、冷めてるなあ」
と、話している間に、また一人客がやってくる。だいたいオサムと同じくらいの年代の男であった。
男はカウンター席につくなり、メニューが書いてあるボードを眺めて、
「あの、じゃあハイボールで」と注文をした。
店主がハイボールを出すと、口をつける前に、オサムたち先客の方を向いてグラスを上げ、
「すいません、お邪魔します」と挨拶した。
男は店に来るのは初めてのようだったが、社交的な性格のようで、芥川や他の二人、それからオサムと一言二言交わした後に、それぞれの名前を尋ねた。そこでタローと、ジローが自分の名前を紹介すると、大げさに驚く。
「驚くよね、タローとジローって、たまたまなんだもん」と芥川が得意げに言うと、男がいやいや、と顔の前で手を振って否定する。
「え、なんで? 驚かない?」
「逆です、驚いてるんですよ、僕、サブローって名前なんです」
男が自分の名前を紹介すると、芥川やタローから、えー! という歓声が湧いた。これには無口なジローや店主も驚いているようだし、もちろんオサムも驚いた。
「長男なんですけどね、おかしいでしょ」
「いやー、そいつはおもしろいねえ」
「ほんと、こんなことあるんですねえ」としみじみ言うサブローに、
「ほんとほんと、こいつはすごいや」と芥川が被せる。
さすがにオサムも感嘆しているようだった。
「事実は小説より奇なりっていうのはあるんだねえ、ねえオサム君」
芥川の言葉に、オサムはなんだかくだらない気分になる。現実がこれだけ奇妙で物語的であるのなら、自分なんかが小説を書いてもそりゃあつまらないなと思う。いつの間にか、ここへオサムに小説を書かせるために連れてきた芥川も、目的を忘れたみたいに飲んだくれているし。と思っていたが、オサムは突然はっとして、瞳孔の開いた目で三人を順に見る。あれあれ、どうしたの。と芥川が声をかけるが、オサムは聞こえていない。事実がこれだけ奇妙なら、簡単だ。ぼそぼそと言うオサムに、おいオサム君、どうしたのよ、と酔っ払った芥川が話しかけると、事実そのままを、より奇妙に書いてやればいいだけなんだ。とオサムが明瞭に言う。しかしすでに芥川は話を聞いておらず、もう他の話をしている。オサムは三人と順番に話す。三人の生業や生い立ち、趣味や特技を聞く。タローはマジシャンをやっていて、千円札を一万円に変えてみせた。ジローは見た目通り、格闘技をやっていて、プロ級の腕前だと言う。ほうほう、とオサムは頷いて、隣の芥川にこう宣言する。
「芥川さん、次の小説書けそうです」
「うそ、まじで」
「はい」