小説

『決闘の予言』ノリ・ケンゾウ(『逆行』太宰治)

 金曜日の夜とあって、バー「シゲ」も段々と繁盛してきた。三島はパン屋の朝は早いからといって先に帰った。オサムは、ではまた明日、と言ってパン屋に行くことを約束した。いつもの常連客の面々がやってきて、バーにも活気が出てくる。
「そういやオサム君は、決闘はどうなったの」誰が言ったか、話題が新年会のときの予言の話になる。
「それがね、決闘なんて起きなくて」
「えーそうなの」
「そうなんですよ、気配も何も」
「ああそう、僕はまた当たったけど」
「当たったの?」
「うん。商売繁盛って言われて、家が四棟売れたよ」
「それってすごい?」
「すごいよ、今まで二年働いて、二棟しか売れてないお荷物営業だったんだから。大進歩」
「そう、そりゃすごい」
 やっぱり予言は当たるのだろうか、オサムは久しぶりに予言を思い出し不安になった。しかし飲んでいるうち、段々よく分からなくなって、気づいたら家のベッドの上で寝ていたのだった。

 眠たい目をこすると、もうお昼前の時間だった。楽しみにしていたクロワッサンを食べなければならないのに、少し寝すぎてしまった。急いで身支度をしてパン屋に向かうと、既に店の外まで行列ができている。店内に入れる人数を制限しているらしい。ぞろぞろとパンの入った袋を提げて店から客が出てくる。中身は何となくしか見えないが、皆クロワッサンを買っているように見える。オサムが店内に入るまでクロワッサンは残っているだろうか。不安を抱えながら、オサムは店内の様子を口惜しそうに眺めて待っていた。
 ようやくオサムの番がやってくる。逸る気持ちを抑えながら、トレーとトングを手にクロワッサンを探す……が、見当たらない。もう売り切れたのか……と諦めかけたとき、籠の中に一個だけ残るクロワッサンを見つける。息をのみ、神々しく光るそのクロワッサンにトングを伸ばそうとした瞬間、視界の端からオサムのものとは別のトングの先が見える。横を向くと、一人の女と目が合った。物凄い殺気を放っている。一瞬動きを止めた二人は、すぐに向き合う形になる。決闘がはじまる。静寂のあと、まずは女が動く。オサムの喉元を突き刺す勢いでトングが近づいてきて、オサムは間一髪のところでそのトングを己のトングで掴み、止めた。喉仏を守る皮膚を、女のトングの先がかすめる。トングとトングは拮抗して動かない。やや女の力の方が強いか。もう限界というところでオサムが体をくねらしてトングを避けた。それからそのまま回転して、バックハンドで女の首を狙うが、それを女は軽々かわす。速い。女の猛攻がオサムを襲う。ギリギリのところでなんとか堪えるオサム。一瞬の隙を見て女の手元のトングをついた。銀色に光るトングが宙を舞い、太陽の光を反射する……
 なんていうことは起きず、オサムの目の前で、最後のクロワッサンは女に取られてしまった。オサムは落胆するが、クロワッサンの次におすすめのカレーパンを食べる。これがまた絶品だった。家路につきカレーパンを頬張りながら、予言など馬鹿馬鹿しいなとオサムは改めて思った。

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