小説

『ホタルが見送る銀河鉄道』洗い熊Q(『銀河鉄道の夜』)

 お茶を飲みながら、そう奥さんに聞かれた。
 確かめ様のない事実。ましてその時点では事情を知り得てない。あの夜の出来事を話す機会とは思えなかった。ただ奥さんに、ええ、とても綺麗なところですよと答える事しか出来なかった。
 墜落自体も機器トラブルとしか言えず、確証を得た真実はないそうだった。

 
 あの夜、彼女が見たのは何か。
 事実として飛び続けていた小型機が通り過ぎたのは間違いないかも知れない。
 必死に、ふらつきながらも、飛ぶ事を諦めなかった機械の鳥を彼女が見間違いしたとも言える。
 三ヶ月後には女の子は亡くなる。持病をもっていたと。亡くなったと聞かされた記憶はあっても、詳細を理解できるほど大人ではなかった。
 ただ、あの薄の草原を前に語った彼女の言葉。あれが遺言の様に思えるのは今は大人になったからに違いない。

 全てが起こった事実なら。
 最後に彼女が綴る物語は一体、何を語っていたのだろうか。

「――私の上を通り過ぎて。
 ああ、銀河鉄道がいっちゃうって思った時。
 ススキの原っぱが光り出したの。 ぽあん、ぽあんって。原っぱの中に、いっぱい光る玉が出てきて。
 ふありって、そっと跳び上がったの。
 たくさん、たくさん。ホント幾万って跳び上がって。
 あの銀河鉄道を追い掛け始めたんだよ。
 すぐわかったね、あれはホタルだって。
 虫? 違うよ、虫の蛍じゃないよ。私だってここに蛍がいないって知ってるもん。
 あれは本当のホタルなんだ。
 ほあほあ、ふんわりって光っていて。虫はあの光に似てるから蛍って呼ばれているんだよ。
 黄色くて、やさしい光たち。
 それが銀河鉄道を追い掛けるように跳んでいった。
 きっとお見送りしたんだ。
 悲しいんじゃないんだよ。悔しいんじゃないんだよ。
 涙でるほど寂しいんだけど、きっと喜ばしいんだって気持ちも同じくらいあって。
 離れていく銀河鉄道をみんなでお見送りしていたんだって。
 だから私も手を振った。
 たくさんの光の玉に包まれるみたいに、たくさん煌めく星たちに向かって走る銀河鉄道に。
 ――手を振った。私もいつかいっしょに行くねと」

 
 僅か七歳の小さな旅路。
 彼女の見たあの光景には何の意味があったのであろうか。
 最後まで諦めまいと飛んだ小型機の操縦者と、幼い歳で悟りきった女の子との間に、奇妙な繋がりがそれを見せたものであろうか。
 ただ今、願う事があるとすれば。
 彼女の乗った銀河鉄道の車窓からは、あの薄の上を沢山の見送ってくるホタルが見えてくれたか。
 きっとそれは、とてもとても美しい光景に違いないだろう。

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