小説

『ホタルが見送る銀河鉄道』洗い熊Q(『銀河鉄道の夜』)

 僕は妻を伴って母の郷里へ。母の実家は挨拶程度で、他に目的があって訪れていた。
 あの薄の草原に立てば見える、遠方にあった山。妻が山の散策好きなのもあったが、子供心にあの山から見れば、広い薄の草原がどれ程に見渡せるのかと想像した思い出があったからだ。
 登山と言うには憚れる高さ。ハイキング程度には程良い。昔はどうだか知らないが、今は雑誌で紅葉を見る良いコースとして紹介される観光地になっていた。
 妻と二人、山腹の辺り。もうあの草原が見えるかという頃。
 山道から外れた崖側。前は連なる山並みの斜面が見渡せる景色だ。そこに座り込み、地面に控えめな花束を置いて、どうやら線香を焚いて拝んでいる年配の女性が。
 普通なら素通りしてよい光景だ。声を掛けるのも恐縮する。
 だがその拝む方向がどうしても気になった。女性はその場というよりも見渡せる、山の斜面に向かっているからだ。
 畏まりながらも思い切って聞いてみたのだ。何方か此処でお亡くなりになったのですかと。正直、人が亡くなりそうな危険な場所に思えなかったのも気に掛けた理由だ。
 振り向き様に、恭しく挨拶をして女性は答えた。

「此処ではありません。先に見える、あの山の斜面で主人は亡くなりました」

 示された場所。それほど急勾配とは思えない。森は深いが、あんな場所で亡くなるとは余程の事故か急病だったと察しはした。
 しかしこんな離れた所でなく、直に訪れれば良いのではと伺ったが。

「あの場所は山道もなく、険しい所なんです。私の歳で一人ではとても……以前は同僚の方々と訪れていましたが。事故も随分と昔の話。もう訪れるのは私ぐらいで」

 事故と聞いて驚きはしなかった。ただ同僚の人達と聞いて不自然には感じた。わざわざ訪れるのだろうか。親密でも仕事上の関係性だけで来るものかと。

「腕の良いパイロットでした、主人は。乗っていた飛行機が、あの斜面に墜落したんです」

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