小説

『賢女たちの贈り物』町並知(『賢者の贈り物』)

 いつものレストランは客も減り、そろそろ閉店の雰囲気を漂わせている。
「今年もいいクリスマスだったわ。ありがとう」
「私こそありがとう」

 舞がマンションに帰ると、夫が一人テレビを見ていた。
「ただいま。大輝はおりこうにしてた?」
「うん、早めに寝てくれた」
「そう、良かった。ありがとう」
 舞は持っていた小さなカバンとプレゼントの入った紙袋を下ろした。大輝が早めに寝たのは、あなたが相手をしないからでしょう。舞は思うだけで言わない。夫は子育てに無関心ではない。関心はありすぎるほどある。でも関心を寄せるのと、実際に手を動かすのには、天と地ほどの隔たりがあるのだ。
「弁護士をたてたりしたくないんだ。早く決断してくれよ」
 テレビから目を離さず、夫は静かに言った。何か答えないとと思っても、舞の口からは言葉が出てこない。あえて言えばこれが離婚の原因というべきなのかもしれない。夫婦というのは相手に賛成したり反対したり、話し合っていくものなのだろう。
「何度もいうけど、大輝は俺と俺の両親が責任を持って育てる。舞は会いたい時に会えばいい」
「分かってる」
 子どもを手放すという私の決断を、世の母親たちは怒りもあらわに非難するだろうか。信じられない、母性の欠如だ、世も末だと。
 夫の方には教育費に糸目をつけないでいられる経済的余裕がある。孫に愛情を注ぐ祖父母がついている。息子は母親不在のハンデを感じないくらい、幸せに育つだろう。でももし私がひきとったら。シングルマザーで、何の取り柄もない私はパートで働くのがやっとだろう。私立の学校にも塾にも通わせてあげられない。大輝を育てて行く中で、私は大輝が必要とするものをすべて与えてあげられるだろうか。息子の幸せを考えるなら、舞は身を引くしかなかった。
「今日は病院に帰るよ」
 病院とは実家のことだ。実家とか両親の家とか言わないところは夫なりの気遣いなのか。何も言えないまま、玄関の扉が閉まる音を聞く。
 舞は、今日早紀にもらったボードゲームを見つめる。
 ――早紀、ごめんね。これは私には必要ないの。一緒の時間を作ったって修復しきれないくらい、夫婦関係は破綻しているの。

 早紀が一人暮らしのアパートに帰ってくると、電話が鳴った。実家の父からだ。

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