俯いていた恵津子は、目だけを上に動かして露見を見た。露見の人物像は、恵津子が想像していたものと全く違っていた。浅黒くて屈強な、まるで荒ぶる漁師のような風貌を想像していたのだけれど、露見は色白で、どちらかと言えば線が細く、丸い眼鏡をかけていた。そこら辺にいるような、ごく普通の男性だった。シャツもちゃんとアイロンがけされているし、靴も磨いてある。だらしない感じは一切なく、清潔感が漂っていた。さすがは料理人、といったところなのだろうか。爪もちゃんと切ってある。後頭部にちょっとだけ寝癖がついていているが、許容範囲だろう。
恵津子は、押入れからひっぱり出してきた、会社の面接以来履いていなかったダークグレーのスカートの裾をいじり、同じく何年も着ていなかったブラウスの襟を、しきりに直した。
「た、大変でしたね、お互い」
「え、え」
「み、美沙ちゃんに、巻き込まれちゃって」露見は申し訳無さそうに微笑み、こめかみを掻いた。
「あ、ああ。そ、そうですね」恵津子が、何度も頷く。
「ず、ずいぶん前に、美沙ちゃんが、ロミジュリ的な、運命的な子をいつか紹介しますって、言ってて。……そしたらこの前、連絡があって。き、樹里さんも、ですか?」
「あ、え、ええ。わ、私も、大体同じ……です」
「わ、悪い子ではないんだけど、多少、強引というか」
「で、ですね」
「けど、良かった」ほっとしたように露見が言い、運ばれてきたコーヒーに口をつけた。
「え?」
「樹里さんが、僕が思っていたような人じゃなくて」
あ、そんなこと言うと、ちょっと語弊があるんだけれどと、露見は手を振って、否定した。
「ど、どんな風に、思っていらっしゃったんですか?」
「いや、あの、美沙ちゃんみたいに、ぐいぐいくる感じ」
「あ、ああ」
「で、できれば、そっとしておいて欲しい方なので」
「そ、それはすごく、わかります」
露見さんも、私と似たような気持ちだったんだ。恵津子は少し、ほっとした。
「あ、あの」恵津子が言うと、露見は手を膝の上に置いて背筋を伸ばした。
「は、はい」
「な、名前で何か、得したことって、ありますか?」
「えっと、それは、ロミオ的なこと、ですか?」
「えっと、ええ」
「な、ないですね。むしろ、からかわれることの方が、多いです。まあ、でも、すぐに覚えてもらえるかも、ですね。名前」
「な、なるほど」
「あの、樹里さんは?」
「わ、私も、大体同じ、です」
「そんくらい……ですよね。結局」