小説

『ネムリヒメノメザメサメザメ』香久山ゆみ(『眠れる森の美女』)

 そう言って男は接吻し、姫は一筋の涙を流した。その可憐な様子に、男は姫をぎゅっと抱きしめた。姫はただなす術もなく男の腕に収まっていた。すべてを失ったのだと悟った。夢の中で、愛する人との間に生まれた宝物のような子とも、もう会うことはできないのだ。
 姫を目覚めさせた男は王になり、姫は王妃となった。
 城と国とを手に入れた王は、美しい王妃にも夢中になった。
 王妃はまるで心を開きはしなかったが、王は気にもしなかった。いや、気づきもしなかった。ただ、このエメラルドのように美しい妻が自分のものだと思うだけで満足だった。
 目覚めて以来、王妃はまるで眠らなかった。また奪われるからだ。
 彼女の心はいつもあの世界に向かっていた。愛する人と我が子、愛しい人々に囲まれた、あの美しい世界! もう一度彼らに会いたい。けれど、もう二度と奪われるわけにはいかない。
 夢の世界であれだけ美しかった彼女の心は、いつの間にかどんどん黒く荒んでいった。
 もう二度と夢の世界を奪われないためには、現実世界の邪魔者たちを消せばいいのだ。すべて。
 そうして、彼女がどのような道を辿ったのか。あなたもよくご存知でしょう。世紀の悪妃と呼ばわれた彼女の末路を。
 彼女が求めたのはほんのささやかなものだったのに。どうしてこんなことになってしまったのか。――本当に、恐ろしい呪いをかけられたものです。

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