小説

『カラカラ・ネーブルオレンジ』室市雅則(『檸檬』)

 『檸檬』であれば『れ・も・ん』と語呂良く言い切れるのに、こちとら、えっと、何文字だ。『か・ら・か・ら』で四文字で、あっと『ねー・ぶ…』とにかく長い。
 でも、しょうがないよな。これしかないのだもの。

 私は丸善のフロアをぐるりと回り、どの棚に置くのが良いのか考えた。
 確か『檸檬』では、美術の棚に置いていた。オシャレじゃないか。美術の棚なんて。だが、それは主人公が手にしていたのが『レモン』だから良いのであって、私のカラカラ・ネーブルオレンジでは、どうもしっくり来ない。
 そして、一番しっくり来るなと思ったのは、『児童>学習>学習その他』の棚にある『すごい!三角定規マスター』の前だ。
 我がカラカラ・ネーブルオレンジのでこぼこ丸と『三角定規』の響きの組み合わせが、似合うような気がした。

 
 早速、私は実行に移した。
 辺りを見渡すと誰もいない。すんなり実行が可能だ。
 私は、カラカラ・ネーブルオレンジをそっと置こうとした。
 だが、本の前に余裕がなく、我が爆弾を置くことができない。何とか良いバランスにできないかと思って、幾度かトライし、危ういながらも置くことが出来た。
 これで泰然自若と丸善を去っていき、ほくそ笑んで、この物語は終わるのだ。
 私は踵を返した。
 しかし、かなり危ういバランスであったため、きちんと置かれているか気になって仕方がない。数歩進むたびに振り返ったが、無事に鎮座してくれており、店の外まで出た。
 河原町通に出て、私は大きく深呼吸をした。
 私の仕掛けた時限爆弾は着実に爆発へと向かっているのだ。
 そうあの棚の上…
 ちゃんと置かれているかしら。大丈夫かな。落ちていたりしないだろうか。
 気になって、全然気が晴れない。
 私は店内に戻り、あの棚に向かった。
 不安は的中であった。
 カラカラ・ネーブルオレンジは落下し、平積みされた『かるたのいろは』の上に転がっていた。
 危ない。危ないと呟きながら、馴染みの位置へと戻した。今度は大丈夫そうな気がした。今度は振り返らない。
 私はエスカレータの方へ向かった。
「あの、すみません」
 と私は肩を叩かれた。
 振り返ると白いブラウスがめちゃ似合うめちゃ美人な店員さんであった。
「ふぁ、ふぁい」
 声が上ずってしまった。

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