帰りの電車で、それでもやっぱり八〇万出して椎茸にすれば良かっただろうか、と微かな後悔とともに、手にした袋を目の高さに持ち上げる。裂き烏賊はいつの間にか起きていたようで、拗ねた目を此方に向けた。その目線に向き合ううち、自分は独り者であったことを、いやそれ以前に自分はまだ学生であることをふと思い出した。学生であったのは随分昔だったはずなのに、急に身の内にすうすうとした風が吹き込み、しぜんと背筋が伸び、ああ、やはりたまには思い切って買い物をするのも良いものだ、周囲には反対されるだろうがひっきょう、己の進む道は自らが切り拓いてゆくものだと妙に大仰な心持ちになった。そう思ったとたんにくしゃみが飛び出し、身の内に吹き込んでいた風がふいに止んだ。風船のように膨らんだ心は急速に萎み、電車の中はまたしんとなる。
がらがらに空いた電車に揺られながら、私は膝に裂き烏賊を載せてぼんやりと座っていた。袋はいつの間にか姿を消しており、裂き烏賊は幼子のごとく、私に凭れ掛かるようにして、ぐっすりと眠ってしまった。電車の規則正しい振動に併せ、私たちは揺れ、膝上と腹にかかる重みが少しずつ、少しずつ増していく。
どうせ束の間のつき合いなのだが、せめて仲よくしような、と私はかなり重量の増した裂き烏賊のまるい頭に顔を寄せ、光輪を纏った淡いベエジユ色の髪の毛を静かに撫で続けた。
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