奥様に愛されるという欲望が達成された私に、突然、罪悪感が襲ってきた。そして一度押し寄せた罪悪感は、筋肉痛、神経痛、歯痛と、あらゆる身体の箇所を蝕み始めた。私はきっと、このたった数分の間で、三十歳くらい老けてしまったのではないか――。
「アア、神様。もうしません。もう二度としません。だから神様、どうか私を無事にお帰し下さい」
私は奥様に撫でられながら、神以外にも祈った。
「アア、サンタクロース様。私はプレゼントなんて要りません。その代わり、どうかこの奥様を――この奥様を幸せにしてやって下さい。そして私はもう、決して、この奥様には近付きませんから――」
神か、それともサンタクロースか――私の願いが通じたのか、奥様がふと立ち上がって、どこかへ消えた。まるで、私に逃げるチャンスを与えてくれたようだった。
しかし、どうにも身体が痺れてしまっていて、満足に動けなかった。ましてや「出来れば事件になってほしくない。出来れば穏便に――」という心理的な葛藤もあって、結局、逃げ出す事が出来ないでいた。
そうこうしているうちに奥様が戻って来て、私に向かってこんな事を言った。
「新しく名前をつけないとねぇ」
「……あ、た、ら、し、く?」
奥様の突然の言葉に、私の頭は理解が追いつかなかった。
すると奥様は、私の身体に、何かを塗り始めた。奥様がしきりに手を動かしているのは、着ぐるみのチャック部分である。
「ま、さ、か――」
悪寒が走った。
もうバレてもいい!
私は咄嗟に、今すぐ着ぐるみから出ようともがいた!
しかし、奥様に乗り掛かられてしまって、ほとんど身動きが取れない!
しかも、奥様がいま塗っているのはきっと瞬間接着剤か何かで、肝心のチャック部分が塗り固められてしまっている!
私はようやく事態を呑み込んだ!
最初から、本物のゴールデンレトリバーなんて居なかったのではないか!?
あの老犬は着ぐるみで――奥様の――いや、この女のフェロモンに魅せられた――私と同じような犯罪者が入っていたのではないか!?
きっとあの老犬――の着ぐるみに入っていた男も――こうやって――この女に捕縛されてしまったのではないか!?
この女――最初から――全て気付いていたのではないか!?
旦那のいない寂しさを『人間犬』で紛らわせる為に――!?
「!?」
その時、私の脳に電流が走った。
「まさか、あの老犬の中身が、だ、ん、な――?」
い、いや、そんなわけない――いま私のアパートで眠っている男は、どうせ単なる異常者で――。
「!?」
さらに、私を寒気が襲った。