小説

『かぐやへ』本谷みちこ(『竹取物語』)

 私はおそるおそる手に取った。実はかぶってみたかったのだ。初めて見た時から。
「…なにもみえないけど。」
「明かりを増やすわ…どう?」
「うーん、あなたの影しかみえない」
 そういって、私ははた、と気づいた。
「…そう。私達は、普段相手の身体の形しか見えない。だから、月では、背が高く、胸や尻が大きく、力が強いものが、『美しい』の。」
 かぐやは、悲しそうに、月を見た。
 世界が違うと、言葉の意味まで違うのね。私は妙に納得した。
「子どもが美しくないからって、なぜ母親が嫌うの?おかしいわ」
 もう一つ気になっていたこと。親にとっては、どんな子でもかわいいだろうに。
 かぐやは、しばらくうつむいていた。が、ぱっと顔をあげると、にっこりと笑った。
「…ほんに、わたしのかあさまは、竹取の嫗、あなただけです。」
「かぐや?」
「私は、大人になったら王の七百七十七番目の妻になるんだって。生まれる前から、決まってたの。それが、十になっても、すごく体が小さかったから、このままでは王に差し出せないって、父も母も怒って。」
「は?」
 777番目?妾そんなに要る?ていうか、なんなの?月の親。
「私、毎日棒で叩かれて、ご飯食べても味しないし、全然背が伸びなくて…。それで月から逃げ出した。だから、初めて会ったとき、かあさまにもらった握り飯、あれが本当に美味しくてびっくりしたの。…どうしたの、かあさま?なぜ泣いているの?」
 私は、いつのまにか泣いていた。なんでこんな可愛い子が。なんで。
「…なぜ帰るのです?そんな処へ。あなたはもう私たちの娘。ここにずっといればよいではないか。」
「『竹取の翁のもとに、とても美しい姫がいて、帝までが心を寄せている。』という噂が、月まで届いたようなのです。王がそれを聞いて、約束どおり私を差し出せと。さもなくば、月の両親の首をはね、この地のものをすべて焼き尽くすと。月の母から、文が。」
 月の両親なんて、放っておけばいいのに。こんなひどいことされて、と思ったが、私達も焼き尽くすなんて…すごい横暴。
 そんなこと言われたら、かぐやは、月へ帰るだろう。でも。
「かぐや、あなたは、少しふっくらはしましたが、背は伸びていませんよ。月に戻って、『美しい』姫ではない、と分かったら、どうなるのです?」
「…私も月の両親も八つ裂きでしょうね。」

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