小説

『トゥルニエ女ハナ子』義若ユウスケ(『遠野物語』)

「おお、なんと」と背後でハナ子がいった。「まさか彼氏が、カミサマになるなんて……まさかこんな日が来るとはねえ……」
ぼくは煙草に火をつけていなないた。
「ヒヒーン!」
 ひさしぶりにハナ子とお馬ごっこでもしようかなって思ったんだ。
「ヒヒーン!」
 ハナ子は目を輝かせた。
 ハイヤー! といって彼女は僕の首に飛び乗った。
「おーけーグレイトホース、わたしを夜の果てまで連れてって」と彼女はいった。
 ぼくはハナ子を肩車したまま駆け出した。弾丸のように部屋を飛び出した。夜の果てまで行くために。靴もはかずに。
 夜の果てにはすぐ着いた。
 ぼくらはそこで相撲をとった。
 そしたら驚いたのなんの!
 ぼくはハナ子に負けた。何度やっても勝てなかった。
「なんでそんなに強いんだよ!」とたまらずきくと、彼女は胸を張って誇らしげに強さのわけを語りはじめた。
「まあ昔の話よね。三百年前、わたしはどこにでもいるただの美しい少女だった。家は裕福で、友だちも家来もたくさんいて、はっきりいって薔薇色の人生を過ごしていたわ。だけどある日事件が起きて、わたしの人生を……わたしという人間を……なにもかも、メチャメチャのグチャグチャにしてしまった。夜祭りから帰る道中で、わたしはとある変質者に出くわしたの。その男は自らを天才科学者だと名乗り、わたしをたぶらかした。ぼくは天才科学者だから一緒にぼくの家に行こうよ、と彼はいったわ。とうぜんわたしはついて行った。だってわたしはまだ無知で、世界に悪い人が存在するなんて思ってもみない、純粋無垢な少女だったのだもの……。そしてわたしは改造された。自称天才科学者の家で体中を、完膚なきまでに、執拗に、徹底的に、隅から隅まで、あますとこなく改造されてしまった」
 ぼくは、ごくりと唾をのみこんだ。
「それで、どうなったの?」とぼくはきいた。
「それで……わたしは……トゥルニエ女になった」
 以下、要約。ハナ子がいうにはトゥルニエ女とはつまり、アンドロメダ銀河の果てにあるサパパパパナムという星で採れる希少金属《トゥルニエ》と融合してしまった女性のことだという。彼女は三百年前、自称天才科学者の家で無理やり全細胞にトゥルニエを埋めこまれ、DNAレベルでがっちりそれと融合して完全なるトゥルニエ女になってしまったのだ。
「トゥルニエに含まれる原子量はウランの約百万倍。そんな危険きわまりない金属のかけらがかれこれ三百年もわたしの中で、黄金の龍のように、灼熱のホワイトホールのように、グルグルグルグル渦巻いているってわけよ」
 そういって、ハナ子は寂しげに笑った。
「ずっと隠してきたけれど、ついにばらしちゃった。じつはわたし、化け物なんだ。驚いた?」
 ぼくはこくりとうなずいた。あんまりビックリしすぎて、返す言葉もなかった。

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