始めは、眠気のせいで目が霞んでいるのだと思った。だが、モニターの中、店の入り口あたりから入ってきた白い靄のようなものは、次第にはっきりと人の形を成し、店内を闊歩し始めたのだ。
「これは……。」
芳平は思わず言葉を漏らした。それは鎧武者の姿をしていた。厳めしい歩調で店内を歩き回るその武者は、和洋さまざまなジャンルのコーナーで足を止めては、CDを物色していく。演歌、民謡から始まり、歌謡曲、ブラックミュージック、果てはパンクロックからヘヴィメタルまで……。そして棚からめぼしいCDを抜き取ると、何事もなかったかのように胸当ての中にしまうのだ。その所作からは、万引き初心者のオドオドした様子も、万引き常習犯の腹立たしい鉄面皮さも無い。むしろ荘厳ささえ感じられた。
「雑食やねぇ……。」
元来のんびりとした性格の芳平は、目の前で起こっている現象に圧倒され、暢気なコメントを呟いた。だが、しばらくしてハッと我に返り、事務所を飛び出て売場へと駆け込んでいった。
「何しちょる!」
芳平の声が売場に響くと、ちょうどシステム・オブ・ア・ダウンのアルバムを懐に入れたばかりの武者は、動きを止めた。闇の中、チャッ……という小さな、しかし鋭利な危険を纏った音が響く。蛍光グリーンのエプロンと、鈍い臙脂色の草摺が、闇の中で退治したまま、ぼうっと浮かび上がっていた。
「今日は遅いねぇ、教経。」
ちょこなんと胡座をかいたままの体勢でラジオカセットに手を伸ばした少年は、手慣れた様子でポチポチと早送りのボタンを押していく。小気味の良いクリック感とクリック音。そのクリック音から少し遅れて、曲のイントロが始まる。少し聞いては何かを考え込むように首を傾げて、まだ柔らかいその振分髪をふわりと揺らしながら、またボタンを押す。
幾年か前、摂津行きの観光船が出るというのを聞きつけ、彼らはそこへ無断乗船し、久々に大輪田泊へと向かった。彼らが生きている人間たちに交わるのは、あの琵琶法師の一件以来。摂津や淡路が大地震に襲われたと聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。港に着いた彼らは愕然とした。噂には聞いていたものの、その光景は凄惨を極めていた。かつての一ノ谷や鵯越のように死体こそばら撒かれてはいなかったが、それが元の活気ある港に戻るには、永劫ともしれぬ時を要すると思えた。
泣き濡れながら行脚した一行だったが、そこは立ち直りの早い彼らのこと、まばらながらにネオンサイン輝く福原京を通り過ぎ、JR神戸線を走る新快速が見えてくると、もう悲惨な光景など忘れたかのようにキャアキャアと囃し立て、元町高架下商店街の怪しげな雰囲気に誘い込まれていった。