小説

『鰐梨』黄間友香(『夢十夜』『檸檬』)

 夢の中で散々苦しんだからだろうか。目覚めた後の胃はどこかすっきりとして、久しぶりに清々しい気分だ。手帳を確認すると今日はX社の面接がある。普段は面接前は緊張して何も食べる気が起きないのに、今日は夢が何か悪いものを落としてくれたのだろう、おなかが音を立てた。しっかりと空腹を感じるのはいつぶりぐらいだろうか。
 休日の今日、両親はまだ寝室で寝ているので適当に冷蔵庫を漁ると、昨日食べたカツがラップに包まれていた。朝方から脂っこいものを食べるのもあれだが、面接に”カツ”ための景気づけだ。電子レンジで温めてご飯と一緒に頂く。時間が経ってしっとりとした衣も気にならない。すべて食べ終えて、流し台に茶碗を入れておいた。

 私は随分と簡単な人間だ。あれだけ憂鬱だった面接も夢の中以上の苦痛にはならないだろうと高を括って、心持ちに随分と余裕がある。今まで軋むような痛みを伴っていた胃も、今はカツ丼を食べた満腹感の方が大きい。ふらふらと世間の荒波に揉まれてはじき出されそうになっていたのに、私は今しっかと地に足をつき、スーツを着ている。
「今日は一つ、内定を勝ち取ってやろう」
 そして私は胸を張って家を出た。

 しかしそれはただの幻想だった。面接が近くに連れてまたすぐに不安が顔を出した。立っている廊下は寒々しく、他の人が必死に手帳を見て最後の確認しているのにもかかわらず。私は背を丸めて、必死にズキズキという胃と戦っていた。手がべったりと汗に濡れて、息が苦しい。
 いやいやこれはきっと胃もたれで、朝っぱらからカツ丼を食べた私に神様が天誅を下したのだ。と必死に自分を制するが、今このスーツの窮屈さを思うと理由はそれだけではないのだと分かってしまう。周りにいる人たちは私を蹴落とそうとし、私はその周りにいる人たちを蹴落とそうとしている。あの花と格闘している時よりも嫌な痛み方をするのだ。私の胃は。
 苦行をしばらく続けた後にようやく名前を呼ばれる。壁にそっと手を着きながらドアへと移動し、部屋の中に入ると、面接官が3人。
「君、顔が青いけれど大丈夫かね」
 そう尋ねられた。私をいたわる親切な言葉であるが、親切心を微塵も感じない口調だ。ぐっと緊張が高まった。蹴落としあうだけではない。選定されるとはとても圧のかかるものなのだ。ここで首を振ってしまいたいが、そうもいくまい。幾度となく味わってきた酸っぱい胃液がせり上がってくるのをなんとか下し、頷いて面接を始める。

 経歴と頑張ってきたこと、志望理由。華々しいのは履歴書のみで、私はいたって矮小な人間だ。積み上がっていく質問は、ボロボロと私の化けの皮を剥がしていく。
 目の前の人たちは無愛想でとてもつまらなさそうな顔をしていた。私の胃はますますキリキリと締め上がるし、手汗がひどくてスーツがしっとりと濡れている始末だ。

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