小説

『鰐梨』黄間友香(『夢十夜』『檸檬』)

 現実は作り上げた脚本どおりになどいかない。だが夢は私の立てた道筋どおりに動いていくものだ。
 次の瞬間、私は胃の中に他の生き物がいるのだということを確かに知った。じっと石のように静かであったその固いものが、密かに蠢き始めたのだ。
 じくじくする痛さに私が手を当てると、体温が伝わったようでその『生き物』がより動きが活発になった。そしてグチャグギャと嫌な音がしてそれは私の胃の皮を破り、その勢いのまま筋肉と通って行った。服の下からも分かるぐらいにもっこりと膨らみができたと思ったら、あっと言う間に抑えていた私の手の、人差し指と中指の間から顔を出したのは花。体内の鈍痛に全く反して薄みどり色をした小さく可憐な花だった。

 なんだ、と私は少しだけがっかりした。これだけ痛い思いをしたというのにたったこれっぽっちの花なのかと。確かに見た事がない花ではあるものの、飛び抜けて綺麗なわけでもない。狂言にも限度があるのだろうか。そっと触ってみると花は私の肌を突き破ってきたとは思えないほど柔らかかった。
「なんだ」
 私は声に出してそう呟いた。

 私のそういった態度が、花から反感を買ったのかもしれない。すぐにひときわ鋭い痛みが全身に走って、立っていられなくなった。
 ぐっと身体をまるめないと、抑えきれない痛み。私はなるべく身を縮こまらせて、団子虫のように最小限にまとまった。花の根だか種だかが、胃からすべてを押し出してしまうかのように内側からさらにぐいぐいと押してきたのに耐えられなかった。パチパチという音が無数に、そして断続的に聞こえる。これは毛細血管が破裂している音だ。爆ぜる音は、線香花火のように小さくても確かな音だった。

 脂汗と冷や汗が同時に出てきて、全身が水っぽくも、脂っぽくもある。痛みに歪めた顔からは始終汗が伝って行った。
「早く終わらせてくれないか」
 そう懇願したが、私をあざ笑うかのように花は生き生きと成長して、実をつけ始めた。痛みにうめき声をあげた。が、それで止まる訳もない。私の胃から梨のような形の実が生った。そっと触ると表面は梨とは違いゴツゴツとしている。まだ黄色に近いような緑の、若い鰐梨(アボカド)だ。私が始めに肋骨と間違えて触ったものは、実の中の大きな種というわけか。私は実をつかんで引き抜いた。
 手で覆ってしまえるほどの小さな鰐梨(アボカド)は、案外簡単に採る事ができた。鼻に近づけると、若く青臭い匂いがする。暖かい土地で採れるはずの鰐梨(アボカド)は、南国の陽気さではなくそこいらへんで嗅げるような芝の匂いを私にもたらしてくれた。

 なんだ、と三度めの落胆を感じた時、けたたましいアラーム音で私は目を覚ました。

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