小説

『柿を食う時』室市雅則(『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』)

 『柿、超甘いね」と言ったら『柿、超甘いね』と返されるような、他愛もない会話がしたい。そして、その相手と、束の間でなく、可能な限り、色々と共有できれば楽しいだろうなと思った。
 四回目の鐘の音が消えた。
 男は柿を飲み込んで、勢いよく立ち上がった。
 砂利を踏みしめ、力強く歩き出した。

 柿を食った。
 タイミングを見計らって。
 鐘が鳴る。
 去年と同じ音色。
 柿を咀嚼する。
 超甘い。
「柿、超甘いね」
「柿、超甘いね」
 この回答に、この女性しかいないだろうと男は確信した。
 男は彼女と、柿を食いながら鐘の音を聞いて、今の会話を交わした。
 嬉しかった。
 あれから、色々とあり、時間を共有する存在ができた。
 二回目の鐘の音が鳴る。
 鐘を撞いているのは、昨年と同じお坊さんだ。
 男は去年、ここに来たこと、ここで感じたことを彼女に話した。
 彼女は柿を飲み込んで返事をした。
「じゃあさ。来年も再来年も十年後も鐘の音は変わらないのかな?」
 それを聞いて男は考えた。そして、ずっと抱え込んでいた気持ちがピークに達し、言葉が思わず口から漏れ出た。
「ずっと隣にいて下さい」
 ちょうど三回目の鐘の音でかき消されてしまった。
「え、何?」
 彼女が耳に手を当てる。
 今度は、勇気を振り絞る必要があった。
 男は、急激に乾いた喉で生唾を飲み込んだ。
「結婚して下さい」
 彼女は笑った。
「ここで?」
 男はぎこちなく頷いて、彼女の様子を窺った。
 彼女が姿勢を正した。
「よろしくお願いします」
男は飛び上がった。
「やったー!」
 四回目の鐘が鳴った。

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