ある日美和に勉強を教えてもらおうと部屋を訪ねた。そしてふとしたきっかけでゴミ箱に目がいった。そこには名刺が入っていた。名刺なんて物珍しかったので、悪気も何もなく手に取ってしまった。そしてそこには「キリンプロ 新人開発部 部長」と書かれた名刺だった。
「あっ。」
美和は小さく声をだした。気まずそうにしている。
「キリンプロって芸能事務所?」
「たぶん、そうだと思う。」
「どうしたのこれ?」
「もらった。」
「どこで?」
「駅前で。」
キリンプロは有名な芸能人がたくさんいる芸能プロダクションだ。素人でも分かる。そんなところの名刺をなぜ美和が持っている。そしてなぜゴミ箱に入っているのか不思議だった。
「なんて言われたの?」
「良かったら連絡下さいって。」
「うそ!スカウトじゃん。」
「分かんない。」
「そうだって!すごいじゃん!」
「すごくないよ。」
「すごいよ!どうすんの?!」
「何も・・・。」
それ以上美和は答えなかった。そうだ、美和はこの名刺をゴミ箱に捨てたのだ。凄まじい女だと思った。自分の美貌を一ミリも利用しようという気がないのだ。目眩がした。この女は半端じゃない。完璧な女、そう感じた。
学校での美和も「完璧な女」であることが定着しつつある。誰にもなびかず、自分をしっかり持っている。誰の悪口も言わない。ただ黙々と自分のやるべき勉強をやっている。隙が無さすぎる。そんな風に思っていたが、ある日美和が意外な事を言った。学校の帰り道に何気なく男子の話になり、そのまま好きな人の話になった。どうせ美和には好きな人はいないだろうと思っていたし、「いない」と当然のように答えるだろうと思っていた。
「誰にも言わないでね。」
しかし予想外の言葉が帰ってきた。好きな人がいそうな口ぶり。美和に好きな人がいるなんて全く想像出来なかった。
「言わない!絶対に言わない!」
まるで悪い事でも聞いているかのような気分だった。
「・・・加藤君。」
「は?」