小説

『思い出のきびだんご』あきのななぐさ(『桃太郎』)

「それにな、人の想いと言うのは、なかなか消えぬもの。思い出は消せたとしても、想いまでは消せない。頭の記憶ではない、心の記憶がある。桃太郎、腰につけているものを見せてみろ」
言われるがまま開けてみると、中にはあのお婆さんのきびだんごが入っていた。

「お婆さんのきびだんご……」
 忘れていたはずなのに……。

 ひと口食べてみると、間違いなくあのきびだんごだった。

 涙が止めどなくあふれてくる。

「フム……」
 鬼の頭の声に、思わずその目を見つめていた。

 不思議な感じが再び襲ってくる。

 しかし、さっきのような感じじゃない。
 サトルの時と同じような……。

 気が付くと、鬼の頭は座り込んでいた。

「桃太郎。納得したわけではない。ただ、見せてもらうことにした」
 そう告げると、鬼の頭は、何かを宙にばらまき始めた。

 それは、小さな光の玉。夜空の星々に負けないくらい、光の玉は輝いている。

 いつの間にか他の鬼たちも、一斉にばらまき始めている。
 はじめは小さかった光の玉は、次第に大きくなったと思うと、やがて異なる動きを見せていた。

 何かを見つけたかのように飛び去って行くものと、この場で漂うものに分かれていた。

 その中に、僕のお爺さんとお婆さんの笑顔が浮かんだものもあった。
 もちろんそれは僕の家の方に向かって飛んでいく。

「これで、全部だ。すでに死んでいる者もいるが、その者達の記憶は、わしらが貰い受ける。記憶は時として残酷なものだ。すべてを忘れるということも時には必要なことだ」
 あくまで鬼は、そこにこだわっていた。

 確かに記憶は残酷な面もある。
 嫌なことを忘れた方が幸せになれるかもしれない。

 でも、それを決めるのはその人だ。他人じゃない。

「その人が、もしそう思うのなら、そうしてあげたらいいと思う。でも、ポチが言うように、悲しさや苦しみを分かち合うことで、そう思わないかもしれない」
 ほんの短い旅だったけど、ポチとサトルとヒトミさんと仲間になれた。

 例えば、ポチの中に僕はいる。
 僕の中にポチはいる。
 僕の中にも僕がいる。
 もし、三人が僕にそれぞれの事を忘れさせようとしても、僕の中にあるこの事実は消えない。

 だから、忘れるその瞬間まで忘れない。

「まあ、見せてもらおう」
 鬼の頭がそう言った次の瞬間、僕らは鬼ヶ島が見える浜辺まで飛ばされていた。

 星の明かりでほんのりと見える鬼ヶ島。今は違った見え方をしている。

「さあ、かえろう」
 三人に向かって声をかけると、それぞれの笑顔を見せてくれた。

 お爺さん、お婆さん、待っててね。

 たくさん話す事が出来ました。

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