小説

『あなたは人形』中杉誠志(『人形(文部省唱歌)』)

 夕食中、ママの作ったハッシュドビーフをスプーンですくいあげ、口に運ぼうとしたところで、いきなりそういわれて、ぎょっとした。一緒に帰ってるとこ、見られてた? でも、ママの職場もママがよく行くスーパーも、学校とは反対方向なのに、いつ見たんだろ。家の前でニシムラと別れたときか? いや、でもママそのとき料理してたしな。
「……あ、うん。ニシムラ。同級生」
 あたしはぎこちなく答えた。ママは無機質な声で続ける。
「ニシムラくんとは、付き合ってるの?」
「べつに……付き合ってるとかじゃないし」
 とっさに嘘をついてしまった。
 先週の土曜日、ニシムラがうるさく誘ってくるから、しかたなく一緒に市立図書館に行った。あたしはあくまで単なるお出かけのつもりだったが、「これはデート」と彼はいい張った。
 なにも借りずに図書館を出ると、近くのジャスコに行って、フードコートでご飯食べた。この時点で田舎町における立派なデートコースを辿ってる。しかも帰り道にちょっといい雰囲気の公園があって、夕焼け空がきれいで、ベンチで休もうってことになって、そこで「付き合ってください」っていわれた。あたしがなんともいわなかったら、ニシムラが「まずお試しで一週間だけでも!」って健康食品の宣伝みたいなこと続けていってきたから、「おまえ、しじみ習慣かよ……」ってツッコミ入れつつ、「……じゃあ、とりあえず一週間」って、オーケーしてしまった。
 だから、いちおう、付き合ってる。まだ全然クーリングオフ期間内ではあるけど、それでも、いちおう、恋人同士(仮)だ。
 だいたい、あいつ口達者すぎなんだよ。会うたびにバカのひとつ覚えみたいに「愛してる」っていってくるし。知り合ったのは高校に入ってからだけど、この一年で千回くらい「愛してる」っていわれた。千回だぞ、千回。十の三乗だぞ。一年が三百六十五日だとして、学校で顔合わせるのなんて二百日弱だ。ってことは、登校日一日につき五回ずつは「愛してる」っていわれてる計算になる。愛が多すぎる。この「愛してる」が全部銃弾だとしたら、あたしいまごろ穴だらけで原型とどめてないだろう。ちょっとした惨状だ。銃の惨状、ってね。ははは。やかましいわ。
 真面目な話、たしか心理学で、好意の返報性っていうのがあって、好意を伝えられるとその相手に対して好意を抱いてしまうらしい。あたしは少なくとも千回好意を伝えられているわけで、だから、返報性のせいだろう、いま、あたしも、たぶん、ニシムラのことを、愛してる。愛してしまっている。罠にハマったんだ。恋の罠に。でも、それが全然、不快じゃない。よくできた罠にハマるのって、たぶん、凄腕マジシャンの手品を見るのに似てる。タネも仕掛けもあるんだろうけど、すげえって思う。
 実際、一年ずっと「愛してる」をいい続けたニシムラはすげえ。こんなもん、惚れるわ。当たり前だろ、いいかげんにしろ。仮にあたしが極度の男性不信だったとしてもうっかり惚れてまうわ。ほぼ洗脳だろ、ふざけんな! あたしも好きだよ、ニシムラ!
 まあ、欲をいえばあと身長が五センチ高ければなあ、とか、もっとイケメンだったらなあ、とか、そういうのはあるけど。あたしだってべつに美少女とかいうわけじゃないんだから、文句はいえない。ブスじゃないけどな! 全国のブスのみなさん、ケンカ売ってごめん! あたし、ブスじゃないよ! ママに似て美人系だと思う! 化粧すれば、まあ、たぶんな……。ああ、いうほど自信なかったわ、ごめん。

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