ジュリアンは巧みに彼女を誘導しながら、滑るように隣のフロアに移動する。ウェイターの脇を通ったついでに、盆の上からひょい、とグラスをひとつつまみあげると、明子はクスクス笑う。続きの間でもたくさんの人々が踊っているが、ふたりはそこにまじわらない。踊りながら開け放しになっているテラスまで出、明子を一回転させると、ガーデンチェアーにすとん、と座らせた。濃厚な夜気と植物のしめやかな匂い、蝉しぐれが若いふたりを取り巻いた。
グラスを小卓に置き、ジュリアンは自分のための飲み物をとるのに、いったん室内に戻った。ウイスキーのグラスを片手にテラスのほうに顔を向けると、どうしたことか、明子はスカート部分を持ち上げながらしゃがみこんでいる。気分でも悪いのだろうか。慌てて近寄ると、明子は指で床のタイルのひとつに触れていた。
よくよく見るとそのタイルは、太い亀裂が走っていて床の整然とした調和を乱している。その醜い裂け目を、彼女はもの哀しい視線で、いとおしそうになぞっているのであった。
ひそかに感じていた疑問が、ジュリアンのなかで確信に変わった。と同時に突然湧きあがってきた羞恥といたたまれなさに狼狽する。彼は加害のもたらす感情に慣れていなかった。明子は自分を見つめるジュリアンの姿に気付くと、ゆっくりと立ち上がった。
そのとき、闇を裂く鋭い笛のような高音が鳴り、つづいて爆音が響きわたった。赤い火の玉の花が、夜空に咲き、一瞬で散った。
「ああ、記念日の花火が……パレスの方角ですね」
近寄ったジュリアンは、薄明りの下でもわかるほどの青い顔の明子を見た。彼女は我が身を守るように両手で抱いていた。ジュリアンがその肩に軽く触れると、明子は顔をあげ、唇だけで微笑もうとする。
「ごめんなさい、驚いてしまって」
「中に戻りましょう」
「いいえ、大丈夫……いいんです。ここは気持ちがいいから」
明子は、二、三、深呼吸すると、また元のようにすっと姿勢を伸ばし、ジュリアンを安心させるようにうなずいた。
彼の歓喜は絶望にとってかわっていた。この人が、と彼は思う。この美しい女性が無邪気に花火を楽しめる日は果たしてくるのだろうか。
ふたりはグラスをかかげる。
「あなたと、この屋敷に」
ジュリアンの言葉に、明子は無言のままグラスのふちを合わせた。
たくさんの客がテラスに集まってきていた。次々に打ち上げられる花火に歓声がわく。グラスの半分ほどを飲み干したジュリアンは、明子に言う。
「人生の喜びは花火のようだ、と思うことがあります。一瞬に広がり、すぐに消える。はかないものだと」
「まあ。老人のようなことをおっしゃる」