「そう言うなって。どこもジャズメン不足でね。NCO(下士官クラブ)なんかひどいもんさ」
軽く乾杯し、青年たちはビールをすすった。暑さで早くも瓶の水滴が床に滴っている。
「……トーキョーに来れば少しは違うと思ったけど。フランク、僕は日本人が皆、おなじに見えるよ」
「ん? 俺だって区別、つかないさ。目は小さい、鼻は低い。男はメガネや髭があるかないか、女は服の色、胸や尻の大きさでなんとか見分けてる。まあどれも、子どもみたいだけどな。こないだオフィスのタイプライターの娘が替わったんだけど、ひと月も気が付かなかったんだぜ」
いっしょに笑い声を立てながらも、ジュリアンは思う。そういうことではないのだ。
女たちは恐れと眩しさをたたえて自分を、見る。次にはそうした自分を恥じるかのように目を伏せる。男たちは露骨に卑屈か、憎しみを内にとどめるかのように唇を噛みしめ、自分を視野に入れまいとするかのどちらかだ。
おなじような表情、おなじような態度が彼らを没個性にさせている。そうさせているのは支配者側である自分だというのに、ジュリアンは不遜にも、退屈だ、と感じるのだった。
「なあ。でも、この屋敷はなかなかのもんじゃないか?」
フランクはハイネケンを握った手を天井に向かって掲げてみせた。そこには大きな球といつかの小さなオーバルで組み合わされたシャンデリアが吊られている。華美ではないが、天井に張りめぐらされている刺繍のほどこされた絹とのコントラストが絶妙だ。
「ああ、ほんとうに」
案外素直にジュリアンは答え、深くうなずいた。
彼はここへ来てすぐ、パーティの主催者であるターナー中佐の許しを得て、〝さる、やんごとなき一族〟の邸宅であったこの建物を隅々まで見学させてもらったのだった。隣接していたジャパニーズスタイルの家は、この洋館の倍もの敷地だったらしいが、惜しいことにB25がへまをして全焼させ、今は更地だという。
しかし、あの玄関ホールのステンドグラス。不均等なガラスの厚みに閉じ込められて、今にも泣き出しそうな気泡。それは故郷の凍った湖を思い起こさせ、今までホームシックという病にかかることなく、アジアの基地を転々としてきた若い彼に、ノスタルジーという不意打ちをくらわした。
そしてあの、マントルピースの精巧さときたら!
各部屋にあつらえられたそれらはふたつとして同じデザインはなく、それぞれの部屋の空気に合わせた、不思議な調和を保っているのだった。
若い女の部屋だったのだろうか。薄いグリーンのドレープ豊かなカーテン(日焼けのむらがあり、少々埃くさかったが)の脇にたたずんで、アールヌーボー風のマントルピースをぼんやり眺めていると、何やら時空を超えた人の気配に、夏だというのに身震いしたくなる──。