小説

『ブラックアウト』もりまりこ(『銀河鉄道の夜』)

 停電? だっけ今の?
 いいんじゃない。タナバタブラックアウト的な?
 びっくりしたよね。うちらの乗ってるのだけったじゃん。

 もうすでに日常は戻っていた。栞はただただ飲みすぎた頭が重くて、そのまま瞼を閉じてしまいそうだったけど、眠るとまた違う世界に後戻りしそうで、眠りと戦っていた。

 ヤマナシがくれた本はまだ膝の上にあった。
 何行か読み始めた時、栞はとくとくと鼓動を感じた。誰かじぶんじゃないからだの器からはみだしてきた音なのかと錯覚しそうなぐらいに脈打っていた。
 今しがた、ふいに灯りを失ってしまった車内のようにその小説の中では、窓のないエレベーターの中で照明がいきなり落ちて闇になるシーンが描かれていた。数分前に起きた取り残されたように塗りつぶされたこの車両だけに訪れた闇を思い出していた。
 今乗っているのは、ギンテツ号じゃなくて、メトロなのに。
 そう思い出した後で、止められないスピードでもって記憶が後戻りした。
 さっきまで闇の中で手探りするような輪郭を持っていた人が虚をつかれたように浮かんでくる。栞が幼い時にちゃんとお父さんをしてくれていた太郎さんだった。
 ずっとむかしの夏休み。潮風の中を痛いぐらいぎゅっと手を握り締めて歩いてくれた。太郎さんの熱を帯びた部厚い手の平の感触が、まるで夢の中の現実のようにここにとつぜんと甦ってきて、栞はどこか滲む思いでいっぱいになった。
 ヤマナシがくれた本をみながらヤマナシのことを思った。
 ふいにさっき出会った車掌さんの顔が甦る。はじめ見かけた時。どこかヤマナシととても酷似しているような気がして、そのことが頭からずっと離れないまま、栞はページをめくっていた。 

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