小説

『ブラックアウト』もりまりこ(『銀河鉄道の夜』)

 暗くなった車両で人々ははしゃいでいる。逢いたい人がいる誰かとその誰かが逢っている。片道切符を持ったものは声だけなのに、それを聞いている誰かはみんな幸せそうな顔をしていた。
「太郎さん? いる?」
「・・・あぁいるよ。なんだい?」
「でね、このギンテツ号のさ、終点って何処?」
「終点? 誰の終点かい? 栞ちゃんたちの終点はあるけどね。しんだうちらにはそんなもんないよ。いやあるんだけど、やっぱない。みんなの終点が違うってだけでね。もうしばらくすると、みんながひとりひとり降りて行くだけで、まぁ俗にいうそして誰もいなくなった状態かな」
「みんな別々の場所?」
「そうだよ、ほらあれさ。元素周期表ってあるだろう。あれは水素は1番とか、ヘリウムは2番とかめいめいの部屋が決まっているじゃないか。あんなもんだよ。みんな部屋番号があるような感じなんだよ」
「ふーん。コドクっていうかきっちりしているっていうか」
 栞はもうそろそろこの地下鉄を降りたくなっていた。
「ほら、みんなさいごのさいごまではしゃいでるだろう。今日は特別の銀河の祭りだからね。いつもはこんな列車なんかに乗らないし、地味なもんよ。だからみんなはしゃぎたくなるんだ。栞ちゃん、今日はうっかりだったんだろう。これに乗ったの。ほんとうに会いに来てくれたんだって太郎さんも、うっかり勘違いしちゃったよ」
 そういうと大きな声で笑った。栞はなんどもこの笑い声を聞いた幼かった時のことを思い出す。
「でも、怪我の功名っていうのかな? 逢えてよかったと思ってる。なにがなんだかまだびっくりしたままだけど」
 栞が声を放った後、しばらく太郎さんの声を待ったけど何も聞こえてこなかった。そのすぐ後で、車両のドアがゆっくりと開いた。なんとなく人が降りているような気配がした。どやどやがやがや。声だけが去って行く感じ。
「太郎さん?」
 沈黙が破られることはなくて、ただ形をなしている人たちだけが車両に残されていた。
 みんな尻切れとんぼの会話が続く。カットアウトされてゆく声。しんだものは、なにかに急いでいた。

ふいにアナウンスが聞こえる。
「銀河鉄道の夜号に参加していただきましたみなさん。今日はいかがでしたでしょうか。そろそろ終点でございます。お帰りの際はどうぞお忘れ物などなきようよろしくお願いいたします。またのご搭乗をお待ち申し上げております」

 しばらくすると、闇を携えて走った地下鉄に、逆ドミノのような感じで、灯りがとんとんとんと順序正しく点った。なにも起こらなかったかのように元の明るさを取り戻した蛍光灯が鈍く光っていた。

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