小説

『ブラックアウト』もりまりこ(『銀河鉄道の夜』)

「まるでカムパネルラだろう」
 こころを読まれた。
「でもあれなんだよ。ここにいる人みんなに聞いてみたらみんな銀河鉄道のストーリーそっくりな奴ばっかでね。ミヤザワさんって偉いね。もうぜんぶ知ってたんじゃないかって。そうそうみんなここには七夕に死んだ人ばっかりが集まってるしね。あの時栞ちゃんに読んであげていたのもなんかの縁かね」

 小学校の1年ぐらいから10年ほど太郎さんに育てられた後、とにかくいろいろな男の人を転々としながら20代を過ごした。
 鬼畜だった実の父親よりもみんな断然やさしかった。とりわけ太郎さんは。
 でも、太郎さんにはカオルさんっていう女の人ができてから、ふたりの親子としてのバランスが崩れてしまったんだっけ。
 そんなことは今となってはどうでもいい。どうしてヤマナシがこの本をくれたんだってことのほうが気になって仕方がない。
「栞ちゃん? カオルさんって憶えてる?」
 びっくりした。またこころのなかを読まれた。
「うん、太郎さんと仲良かったね」
「だから、あの後一緒になってみたんだけどね」
「どうだった?」
「だめだった。だめっていうかだめにしたっていうか。カオルさんもあっちの車両にいるよ」
 あっちってたぶん太郎さんは指さしたんだろうけど。あっちってどっちかわからなかった。でもあのカオルさんも死んじゃったんだって思っていたら、
「あ、ごめんごめん。栞ちゃんには見えないんだよね。ついうっかり。習慣ってほんとこえーね」
 車両を超えてにぎやかな声があちこちから聞こえてきた。
「あ、今日は七夕だからね。いわゆるこっちでは銀河祭りっていうやつね。だからみんな車窓から顔出してさ。天の川をみようとしてんだよ」
 え? 天の川って見えるの? 肉眼で? これが四次元ってやつねって思いながら、疑問は投げかけないことにする。郷に入っては郷に従えバージョンでゆく。みえるかどうかなんてどうでもいい。みえるから窓からのぞいてみたりしたくなってるんだろう。
「太郎さん? じゃあ今日は太郎さんのお命日じゃない。何回忌?」
「そんな難しいこと言わないでよ栞ちゃん。死んでからじぶんが何年になるかなんてとんと考えないよ。そういうもんなんだよ栞ちゃん。しぬってことはさ」
 試しに栞は座席から少し立ち上がって、車両を連結しているガラス窓からむこうを見た。ちかちかと窓の外から光るものが流れていた。しずかにひかる星が川のように連なっていた。

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