わたしは彼のことを好きになっていながら、本当には彼のことを信じていなかったのだ。
その日もいつもと変わらなかった。授業で一緒になり、学食に行きうどんを食べた。それから誕生日プレゼントを渡した。そう、渡したはずなのだ。でも何を渡したか思い出せない。でも受け取った彼の顔はちゃんと思い出すことが出来る。プレゼントを受け取った彼は無造作にテーブルの上に置いていたわたしの手を取ってぎゅっと力を込めて握った。そして本当にうれしそうな顔でありがとうといった。そんなふうに自分に向けて笑ってくれる人の顔を見たのは生まれて初めてだった。
あのときのわたしはまた明日も会える気でいたのだ。会えなくなるなんていうことは微塵も考えていなかった。20歳の誕生日でこの世界からいなくなってしまうなんていう話は彼が自分に声をかけてくれる為の冗談だったのだと思い込もうとしていた。
プレゼントを渡した後、何か話したような気もするしそのまま急いで午後の授業に一緒に行ったような気もするし、それぞれ別々にどこかの教室へ別れたような気もする。どうしてかそこはすべて曖昧だ。その曖昧な記憶を最後に、彼と会えることはもうなかった。
たった一週間、日々のほんの少しの時間だけを一緒に過ごした人。彼はあのとき本当に20回目の人生を終えて消えてしまったのだろうか。それともただ大学に来なくなっただけで普通にどこかで20歳より先を生き続けていていたのだろうか。もし彼がまだ繰り返して20歳を繰り返して生き続けているようなことがあったとしたら今は何回目の人生だろう。
彼と自分が同じ時間を過ごしていたのかどうか、もう確かではなくもしかしたらこれは自分が勝手に作り上げた理想の思い出だったのではないかとも思えてくる。それでもあの時はわたしのなかに確かに残っているのだ。もう何の形はなくてもここに残っている。
20歳をはるかに超えて生きた最期の今、鮮やかなちいさなひとつの思い出はわたしと一緒に燃えてのぼっていく。