小説

『点滅する夜』森な子【「20」にまつわる物語】

「そう言ってくれる人、本当に貴重よ。たいていの人はね、びっくりした顔して、そうなんだ、って言って、それ以上はね、もう、何も聞いてこないの。聞いちゃいけないことみたいに」
「そうなの?なんでだろうね」
 きょとんとした顔で中島さんは言う。私は、彼女のこの上品さのようなものが好きだ。偽りのない、素直な気持ちで、不思議そうな表情の整った顔を眺めながら、そう思った。
「中島さん、中島さんのおすすめのお酒ってある?」
「お酒?どうして?」
「私、つい三十分前くらいに二十歳になったの。それで、はじめての飲酒をしようと思って」
「え!」
 中島さんは心底驚いた顔をして、それから、口元に手をあてて何かを考えるような素振りをした後に、「よし!」と声に出して、その後「ちょっと待っててね」と微笑んだ。その一連の動作を見ながら、私は、ただぽかんと間抜けな顔をして「はあ」と頷いた。
 中島さんは大急ぎでレジの奥にある扉のなかに入っていって、それから十分ほど出てこなかった。その間にお店にお客さんは一人もこなかった。外を見れば溢れんばかりに闇が広がっているのに、自分が今立っている場所は不自然なくらい明るくて、なんだか奇妙な気持ちになった。
「お待たせ!」
 次に中島さんが出てきたのは先ほど入っていった奥の扉ではなくて、トイレの正面にある灰色の扉だった。優しい顔の中島さんによく似合う、淡い黄色のワンピースに、真っ白なハイヒールが素敵だった。洋画のなかから出てきたみたい、と思った。
「中島さん、お仕事もう終わりなの?」
「上がらせてもらった。暇だし、今日はちょうど一人多い日だし、ちょっと強引に上がります!って宣言してきちゃった」
 あはは、と笑う中島さんに向かって、「一つ貸しだぞ」とレジのほうから声が飛んできた。眠そうな顔をした若い男の子だった。真夜中なのに人がいる。息をして、話をしている。普段ならあまり見かけない光景に、私はなんだか変な気持ちになった。
「はあい、今度シフト変わります。じゃ、ミライ、行こう」
「行くって、どこに?」
「居酒屋!はじめてのお酒が缶なんて、もったいないよ」
 中島さんはそう言って、迷いのない足取りで夜道に踏み出した。
 言われるがままにつれてこられた居酒屋は、今が夜中の一時だなんて考えられないくらいに賑やかだった。みんな違う惑星の人のように見える。私がいつも眠っている時に、誰かがこうしてお酒を飲みながら笑っている。まるで交差点の信号機みたいに。
「はじめてだしいきなりビールとかはきついよね。飲んでみたいやつとかある?」
「わかんない……でも、私ビール飲んでみたい。大人はみんな飲んでるし」

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